Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

15回目の3.11・・・

  今日は3月11日、14年前のあの日から数えて15回目となりました。

  昨日は東京大空襲から80年でしたが、どちらも罪もない人々が大勢亡くなられて、

 生き延びた方々も大切な方や資産を失い、失意のどん底を歩まれてきたと思います。

 改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、今も苦しんでおられる被害者・被災者の

 皆様に早く心の平安が訪れますようにと願っております。


  以前も書いたと思いますが、オッサンは東日本大震災当日には山形県に出張中でして

 直接の被害は免れたものの、インフラが停止したために2日間現地で足止めを食いまし

 た。初日は滞在していた市の観光課の方に案内されて市内の温泉旅館(ただし停電の為

 真っ暗)、翌日は市の開設した避難所(ただし住民の避難者は少なく、大半が出張難民)

 で過ごしました。テレビも見られなかったので、未曽有の大惨事となった大津波や原発

 事故のことは後から知りました。日本中が大変な騒ぎになっていて、暢気に蝋燭の灯の

 中で露天風呂に浸かっている場合ではなかったのですが・・・

 (ホンマに不謹慎な奴っちゃの~ by妻)

  山形県の皆様には、その節は親切にしていただき助かりました。有難うございます。

 

  首都圏でも建物倒壊や火災が起こり、電車が止まったりして大混乱だった・・・とは

 後日妻から聞きました。翌日まで携帯電話もつながらなかったのです。

  ちなみに妻は自宅にいて、ちょうど縫いぐるみのパンダ君を洗濯機で洗った後、バス

 タオルの上で乾かしていたところだったそうです。そうしたら急にパンダ君が揺れ始め、

 その後グラグラグラと大きな振動が来たそうです。我が家は幸いにして被害はゼロでし

 たが、その日は電気やガス・水道が止まり、復旧までに少々時間がかかったそうです。

 オッサンとも連絡が取れず、妻は心細かったようです。しかもオッサンが山形県に出張

 に行ったことは当然知っていましたので、オッサンがどうなったか気がかりだったよう

 でした。(まさか温泉宿で露天風呂に浸かっとったとは思わなんだわい。by妻)


  日本に住んでいる限り、地震のリスクはどうしようもないかもしれませんが、こんな

 大災害が今後しばらくは起きないよう願っております。

 

  そして、その震災の2年半後。まさか妻が亡くなってしまうとは・・・

 家族を亡くした人の心の痛みを、オッサンも身をもって味わうことになりました・・・

 もうこれ以上、世の中にも自分の身にも悲しいことは起きてほしくないです・・・

 

 ・・・ということで、珍しく本日はおふざけなし、写真なしの記事でした。