昨日はオペラ鑑賞に行ってきました・・・
その前に、今日はプロ野球のドラフト会議がありました。我らが阪神タイガースは、
上々の首尾だったのではないかなと思います。ここ数年はドラフトで指名した選手たち
がみんな大活躍しているという実態もあり、「タイガースの未来は明るい」と興奮して
いた藤川監督の喜びも「むべなるかな」と思います。スカウトの目利きもスゴイんだと
思います。そして週末にはいよいよホークスとの日本シリーズです。気合が入ります。
(オッサンがそないに力んだところでしゃあないやん。by妻)
さて昨日は久しぶりに上野の東京文化会館に参りまして、来日しているオーストリア
のウィーン国立歌劇場のオペラ鑑賞をしてきました。
オーストリアの誇る音楽・オペラの殿堂、通称シュターツ・オーパーです。オッサン
は学生時代の初めてのヨーロッパ旅行の時から、新婚旅行を含む妻との2回の訪問時を
含めて、現地でオペラを鑑賞する機会に恵まれましたが(また自慢か。by妻)、東京で
の鑑賞も3回目になります。日本にはこれまで1980年の初来日(カール・ベームさんの
指揮)以来、9回目とのことです。
今回の演目は、モーツァルトの「フィガロの結婚」と、リヒャルト・シュトラウスの
「ばらの騎士(Der Rosenkavalier)」の2つのみ。しかしこの劇場が得意とする2人の
偉大な作曲家の、最も人気のある作品ということで、とても期待が大きいです。
既に「フィガロ」はすべての公演が終わっており、鑑賞された方の記事がムラゴンにも
上がっておりますが、オッサンは生で観たことがない「ばらの騎士」を選択しました。
昨今は日本経済の沈滞と世界における日本の地位の相対的低下もあり、海外の豪華な
オペラ引っ越し公演は少なくなっており、採算面でも人気のある作品しか上演されない
傾向にあるなと思っていますが、今回のシュターツオーパーも鉄板中の鉄板、これまで
にも何度か持ってきた演目なので新鮮さはありませんが、質は高いと思います。
過去にはドニゼッティの「ロベルト・デヴリュー」や「シャモニーのリンダ」だとか、
ロッシーニの「ランスへの旅」のような、かなりマニアックな作品も持ってきていまし
たが、その時はそれらの作品のスペシャリストである高名な歌手(故エディタ・グルベ
ローヴァさん)や指揮者(故クラウディオ・アッバードさん)が出演するということで、
マイナーな演目でも満員になったのですが、今そんな演目をやったらいかにシュターツ・
オーパーでも閑古鳥が鳴くであろうと思われますので、「冒険は無し」なんでしょう。
その傾向は全般的に言えることで、イタリアのオペラハウスも「椿姫」と「トスカ」が
圧倒的に多くなっています。そして比較的コストがかからずに済む作品(演出)が多い
です。イタリアオペラでもかつては豪華な舞台の「ドン・カルロ」や「オテロ」「運命
の力」「トゥーランドット」などがミラノ・スカラ座来日公演を始めガンガン上演され
ましたが、もはやそんな上演にコストがかかる大作では日本公演の採算が取れないので
しょう・・・「メジャーな鉄板作品」以外の上演を見たければ現地に行くしかない、と
いうのがここ十年の状況かと思います。
(そんなことはどうでもえぇで。また脱線しとるで。by妻)
東京文化会館についても一言。日本で上演される海外からのオペラ引っ越し公演では
ほとんどがこの会場を利用してきました。東京以外では、名古屋の愛知芸術文化センタ
ーや関西のびわ湖ホールのように、海外の一流オペラハウスの上演にふさわしい「箱」
もないではないのですが、いかんせん立地条件面では集客力が不足します。(失礼)
関東ではNHKホール、神奈川県民ホール、そしてここ東京文化会館くらいしか、受入れ
先はありません。あの第二国立劇場は、座席数が少なく海外の来日公演では採算が取れ
ないため上演されることはありません。(これが残念なことの一つ)首都圏以外で集客
面では有望な大阪でも、対象となるのはフェスティバルホールくらいです。
海外のオペラ引越公演が興行として上演可能な条件は大きく3つ。まずは舞台装置
がオペラに対応できること(舞台転換がスムーズにできるよう複数場面のセットを同時
に準備できること)、舞台の下にオーケストラピットが設置できること、そして採算が
とれるために必要な人数の座席数が確保できること(第二国立劇場はこの3つ目の条件
がNGなのです)。その条件を満たす数少ない「箱」の一つが東京文化会館なのですが
老朽化のためにまもなく取り壊し・再建が予定されているそうです。
そうだよなぁ、かなり古いもんなぁ。
でも東京文化会館が当面使えなくなるという事もあり、向こう数年はますます海外から
のオペラ引っ越し公演は激減していくと思われます。ミラノ・スカラ座は既に日本市場
を見限っており、NYのメトも映画館での「ライヴ・ビューイング」にシフトしている
のです。シュターツオーパーも、今観ておかないと次はいつになるかわからない状況。
というこの日の上演とは関係ない話ばかりで失礼しました。(ホンマやで。肝腎の話
がいつになったら始まるんや、と思うとったわ。by妻)
さて、そのシュターツ・オーパーの「ばらの騎士」。20世紀最大のオペラ作曲家とも
いうべきドイツのリヒャルト・シュトラウスさんの代表作かつ最も人気のある作品です。
1994年の来日公演でも上演されましたが、その時は日本でも超絶人気のカリスマ指揮者
故カルロス・クライバーさんによる伝説の舞台として語り草になりました。オッサンは
この年はリゾート好きな妻とハワイに行ったりしていて財政面が厳しく見送りましたが、
惜しいことをしたと思っていました。今回はそのリベンジではないですが、俊英指揮者
フィリップ・ジョルダンさんの指揮で、演出は1994年と同じオットー・シェンクさんの
ものです。実に楽しみです。
そういえば(また自慢話のようで恐縮ですが)、今年の夏のザルツブルク音楽祭では
ヴェルディ先生のオペラ「マクベス」をジョルダンさんの指揮で鑑賞しておりました。
そしてオットー・シェンクさんの演出は、なんと1968年以来57年間ずっと上演され続け
ている名舞台なのです。すごいですね。オッサンとほぼ同じ年を重ねている訳です。
さて開演時刻は午後3時。そうです、オッサンは午後休暇を取得して、オフィスから
駆けつけたのです。平日のチケット代は土・日・祭日よりも3千円安いからです。😆
海外のオペラハウスに行きますと、着飾った上品な男女と香水の香りで独特の雰囲気
がありますが、JR上野駅公園口出口を出てすぐに立地している東京文化会館のホール
内にはそんな雰囲気は皆無です。在日外国人と思しき人もかつてより少ない感じです。
99%以上が日本人。オッサンのように普段はオペラとは無縁の庶民が大半です。お金
に余裕のある資産家の方々や上級国民(半死語?)の方々もおいでになるかと思います
が、見た限りでは普通の一般人が大半です。高いチケットを買うために苦労してきたと
思われる方々ばかりだと思われます。チケット代が3千円安い平日だからかな?
(オッサンと一緒にしたらアカン。by妻)
オッサンの席はC席。なんと4階のサイド側。しかも二列目・・・
舞台全体がなんとか見られますが、遠い・・・またまた自慢めいた話で恐縮ですが、
ザルツブルク音楽祭の会場(祝祭大劇場)は横幅が広くてワイド画面のテレビのよう
でしたが、こちらは縦横比が3:4のブラウン管テレビ画面のようです・・・
ま、安い席(でも絶対価格は高い)ですから仕方がありません。音はちゃんと聴こえ
るから問題はありません。そして字幕が見やすい位置だったのは意外に良かった。
・・・しかし内装を見ると、かなり古いな、やっぱり。
さていよいよ開幕です。気合の入ったオーケストラの第一幕前奏曲、これはちょっと
エッチな音楽(主役級の二人:元帥夫人マルシャリンと愛人の若い貴族オクタヴィアン
の情事を象徴している)ですが、その高揚した官能的な響きがおさまり、余韻のような
穏やかな雰囲気に代わると、静かに幕が開きます。全3幕、上演時間が3時間を超える
大作の開幕です。
この演出はハプスブルク帝国時代のウィーンの貴族たちの暮らしを思わせる舞台です。
オーストリアの有力政治家(軍人)の妻であり、敬意を払われている貴族マルシャリン
ですが、夫からの愛情は既になく、若い貴族オクタヴィアンとの禁じられた愛に溺れて
いるというシーンから物語は始まります。ちょっとアンニュイな雰囲気です・・・
お互いに愛し合う仲であっても、元帥夫人は「やがて訪れる別れ」を予感し、憂いを
帯びた表情です。これが伏線というヤツですかね。
そこへ、無粋な田舎貴族(マルシャリンのいとこ)オックス男爵が現れ、情事を悟ら
れてはまずいとオクタヴィアンはクローゼットに隠れ、女装して難を逃れようとします。
・・・と、ここまで書いてきて気づきましたが、これってなんだか「フィガロの結婚」
みたいだよな・・・女装する若者役(フィガロではケルビーノ)はメゾソプラノの女性。
その男装の女性が舞台上で女装するという、倒錯したストーリーも似ているし。
そして考えようによっては、元帥夫人マルシャリンは、「フィガロの結婚」ではアルマ
ヴィーヴァ伯爵夫人の役回り(夫からの愛情がなくなって憂いに沈む貴婦人)。そして
オックス男爵はそのアルマヴィーヴァ伯爵の役回り(女性の気持ちを理解しようとしな
いオレ様)。そのオックス男爵が目を付けて妻にしようとした新興貴族の娘ゾフィーは
「フィガロの結婚」でのスザンナの役回りと言った感じです。違うのは、「狂言回し」
の役がいるかいないか。「フィガロの結婚」では主人公のフィガロこそが、その重要
な役割を果たす(女性の心をないがしろにし、庶民へは尊大な態度で応じている伯爵を
出し抜いて懲らしめる策士の役)のですが、「ばらの騎士」にはそのような役割の人物
がいません。なぜだろう・・・あえて言えば、オックス男爵を嫌うゾフィーと最終的に
結ばれることになるオクタヴィアンの中にその役割が包含されているのかもしれない。
(「フィガロの結婚」ではスザンナとフィガロがめでたく結婚しますからね。)
恐らく、「フィガロの結婚」が創られた時代(18世紀後半)は、絶対君主制への抗議
が生まれつつある時代であり、脚本家のダ・ポンテさんも作曲者のモーツァルトもその
ことを十分意識していたため、フィガロのような人物を必要としたのではないかという
説があるようです。対して、ある程度民主化が進んだ20世紀前半では、そのようなこと
をストーリーに織り込む必要はなかったという訳ですね。
そういえば「ばらの騎士」も、脚本は当時高名な作家であったフーゴー・ホーフマン
スタールさんによるものです。当時、既に押しも押されぬドイツの大作曲家であった
リヒャルト・シュトラウスともどもに、「フィガロの結婚」のことは十分に意識をして
いたものと思います。その意味では、今回の来日公演の演目が「フィガロ」と「ばら」
の2本であったことは偶然ではないような気もしてきました。
(またまたウンチクが長くなっとるで・・・by妻)
スミマセン。話を戻します。
オックス男爵は、結婚相手のゾフィーのもとへ送る「求婚の使者」を首都ウィーンで
「顔が利く」いとこの元帥夫人に依頼をしにやってきたのでした。その厚かましい要望
に対し、元帥夫人はなんとその場にいた愛人(女装して女中に扮装している)オクタヴ
ィアンを指名します。彼女の意図は作品中では明らかにされていませんが、このオペラ
では、饒舌な解説(オッサンのような。by妻)はなくて、鑑賞する方が思いを巡らせる
「余白」が残されているのも特徴かなと思います。もちろんそれは一流劇作家のホーフ
マンスタールにとっては朝飯前のことでしょう。
とにかく、これがこのオペラのキーファクターになるのです。その「求婚の使者」は、
慣例に従って「銀のバラ」を持って女性のもとに赴くのですから・・・ ちなみにこの
「ばらの騎士」の役目はホーフマンスタールの創作によるもので、実際にウィーン宮廷
や貴族の間で行われていたわけではないそうです。しかしなかなか「粋」なことを考え
ますな、ホーフマンスタールさん。
導入部ともいうべき(その割に長い)第一幕が終わり、25分間の休憩です。オッサン
はこの幕間(まくあい)に、1階のバーに突進し、オーストリアのスパークリングワイ
ンを頂きました。一杯ニ千円もしたぞ。まぁしゃあない。オーストリア随一のシュルン
ベルガーの発泡酒ですからね。ザルツブルク音楽祭の祝祭劇場のバーでも、シャンパン
とともに提供されていました。(もう自慢話は聞き飽きたで~by妻)
そして待望の第二幕。華やかで輝かしいオーケストラの序奏に続き幕が開くと、そこ
は新興貴族ファンニナル(ゾフィーの父)の館。今しも婚礼の使者「ばらの騎士」を
迎え入れるという高揚した場面です。窓の外からその様子を眺めている若いゾフィーは
興奮を抑えきれないという感じです。その雰囲気が音楽で実によく表現されています。
そのゾフィーが胸を高鳴らせているところに、「ばらの騎士」オクタヴィアンが銀の
バラを持って颯爽と登場します。もう舞台演出上の効果も音楽的効果も最高ですよ~
あ、当然舞台撮影は錦糸町ですので(アホ)、購入したプログラムに載っていた写真
を掲載させて頂きます。
そしてストーリーはこの後、予期せぬ方向へ展開していきます。いや、逆にお約束の
流れと言った方がいいのかな・・・ ま、ゾフィーにしてみたら、そらぁ下品で無粋な
オッサンよりも、若くてカッコいい男のほうがえぇわな・・・(by妻)
案の定、ゾフィーとオクタヴィアンは一目でお互い惹かれ合うという展開に・・・
ここはちょっと展開が急すぎるんじゃないの?、ホーフマンスタールさん・・・
そしてそれに水をさすように、下品で無礼なオックス男爵の振舞いに、ついに若い
ゾフィーは男爵との婚約破棄を決意し、オクタヴィアンを巻き込んだ刃傷沙汰になって
しまいます・・・やれやれ。
ま、オックス男爵の役はかなり情けないですが、舞台での演技も必要ですし、超低音
を出さなければいけないので音楽的にも体力的にも並外れたバス歌手でなければ務まり
ません。大変な役です。ま、なんだかんだで「憎めないうヤツ」という感じです。第二
幕の幕切れでは、オクタヴィアンの剣で傷を負った後、出されたワインを飲んで元気が
回復し、さらに届けられた恋文(オクタヴィアンとマルシャリンの策略なのですが)を
読んで一気にスケベ心を全開にするというあたりはヴェルディ先生の「ファルスタッフ」
に似ている感じ。まぁある意味では、人間らしいと言えるかもしれない。
自尊心を取り戻して上機嫌になったオックス男爵が歌う鼻歌に合わせて、ウィーン風
の独特のリズムを刻む軽快な(でも軽薄な感じの)ワルツが奏でられた後、ストンと幕
が降ろされます。客席では、やっぱり第二幕が一番盛り上がりますね。
再び25分の幕間休憩には、バーでグラスワインを頼んでしまう懲りないオッサン。😆
そして第三幕。スケベ心全開で調子に乗ったオックス男爵は、おびき出された場末の
居酒屋でオクタヴィアンが扮する女を口説き落とそうとしますが、まんまと策略にはまっ
てしまい、醜態をさらし警察沙汰になってしまいます。そこに呼び寄せられたゾフィー
の父ファンニナルはそれを見て、娘とオックス男爵の婚約破棄を決意します。それでも、
なおも強がるオックス男爵に対し、突然現れた元帥夫人マルシャリンが引導を渡します。
「あなたも貴族の端くれならば、潔く身を引くことを考えなさい。すべては終わったの
です・・・」
実はこれはオックス男爵に対しての言葉であると同時に、元帥夫人自らに言い聞かせ
る言葉でした。(百恵ちゃんの「プレイバックパートⅡ」みたいなもんか?by妻)
果たして元帥夫人は、愛人オクタヴィアンとの別れを自ら演出したのでしょうか・・・
第三幕の最終場は、数あるオペラの中でも白眉のシーンの一つとなっています。
「すべてが終わった」と憂いの表情で自らを無理やり納得させようとする元帥夫人、
元帥夫人とオクタヴィアンの禁じられた関係を悟り、動揺と恥辱の想いにかられる若い
ゾフィー、その二人の間で揺れ動くオクタヴィアン・・・3人がそれぞれの想いを歌う
3人の女声による美しくも切ないアンサンブルに、素晴らしいことはわかっていたとは
いえ、オッサンは思わず涙してしまいました。
そして身を引いた元帥夫人が退場した後、若い二人による甘美な愛の二重唱となり、
幸福感に包まれながら静かに二人は手を取り合って舞台を退きます。
そして最後の最後がちょっとコミカルな場面(ゾフィーが落とした白いハンカチをお
小姓が探しに来るシーン)となり、ハンカチを見つけて拾い上げたお小姓が走って退場
する中、踊るように軽やかな音楽でストンと幕となります。実に心憎いです。
いやぁ、やっぱり素晴らしいな。
さすがはウィーン国立歌劇場の公演です。演奏も舞台も質が高い、当たり前か。
オーケストラ(ウィーンフィルのメンバー主体)が実に上手い(弦の弱音や、ホルン
の柔らかい響きが絶品でした)し、歌手陣もしっかり歌っていました。
脚本も音楽もすばらしく芸術的で気品がありますが、内容的にはちょっと大人の作品と
いった感じですね。
(お子ちゃまのオッサンには理解が及ばないところがあるやろな。by妻)
ということで、平日でしたが充実した夜となりました。開演が3時だったので、終演
時刻は午後7時半。オッサンは幸せな余韻に浸りつつも、満員の京浜東北線に揺られて
大人しく帰宅しました。
今回はウンチクが長く、オペラに関心のない方にはつまらない事この上ない記事かと
思いますがスミマセン。いつものように自分の忘備録にもするつもりで書いております
ので、ウンチクを含めてお見苦しい点はご容赦のほどを・・・
(まぁこの辺で許したるわ。by池野メダカ&妻)
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