Bonne(ボンヌ)のブログ

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2021年GW 東北の旅(3泊4日)⑨中尊寺 ~その5~

  金色堂の余韻があるうちに記事を続けます。
  続いては、金色堂の次に由緒あるお堂「経蔵」です。新緑に映える美しいお堂です。
 ここは重要文化財に指定されています。前々回にご紹介した、とんでもない豪華絢爛な
 写経がここに収められていたのかな?          

    

  
  経蔵の近くには、これまた有名な石碑がありました。松尾芭蕉が「おくのほそ道」に
 掲載していた有名な一句、「五月雨の 降り残してや 光堂」の記念碑です。
  江戸時代にはかなり老朽化した金色堂を拝観した時に詠んだ句だと言われています。
 「光堂」とはすなわち金色堂のことですが、往時の栄華は今いずこ、かなり廃墟に近い
 状態だったようですね。この後、何度か修復されて現代に受け継がれたのは奇跡かも。

  
  光堂、こと金色堂をもう一度お目に掛けましょう。模型みたいですが本物です。

   


 おっと、ひっそりと芭蕉さんの像もありました。なんだかしょぼくれたオッサンみたい。 (アンタと一緒やんな。by妻)

           


  続いて、ここにありました、旧覆堂。金色堂を長年にわたり守ってきた屋根付き建物 
 です。鎌倉時代に建造されたものと言われていましたが、金色堂建立の50年後には簡単
 な覆いが作られたようです。恐らく、金色堂を作らせた藤原清衡が亡くなり、その遺体
 が収められた際に、金色堂を守るための覆いが被せられたのが始まりではないかと。
  だとすれば、それを指図したのは清衡の息子の基衡だったはず。

  この建物の中に700年以上もの間、金色堂が守られてきたということになりますね。
 このように内部に収容された重要な芸術品を守護するための建物と言いますと、真っ先
 に思い浮かぶのは奈良の東大寺の大仏殿ですね。あれも凄かったなぁ・・・ 
  はい、これ ↓ が奈良・東大寺大仏殿です。中に入っている大仏がデカいので、必然的
 に大仏殿もドデカい建物になりました。(奈良におった時に大仏殿も行ったのう。by妻)


  奈良の大仏殿は、今でも奈良の巨大な大仏様を守護していますが、金色堂の旧覆堂は
 既にその役目を終え、静かにたたずんでいました。でも見くびることなかれ、この建物
 も重要文化財に指定されています。内部はがらんどうですが・・・

     

 
  木のぬくもりが感じられる穏やかな木造建築ですね。金色堂があまりに派手なので、
 こちらは質素で地味な造りをしています。まぁ脇役、引き立て役ですからね。


  さて、この後は中尊寺最後の見どころです。少し離れた場所にあるので、観光客は
 さらに少なく、ほぼ独占状態で見学することができました。「白山神社能舞台」です。
  白山神社は中尊寺の鎮守神社で、ここで神前に捧げる能が舞われていたという事です。
 残念ながらオリジナルは消失し、現在残るのは江戸時代末期1853年に、ここを支配して
 いた伊達家により再建されたものだそうです。それでも風雨にさらされながらも150年
 以上も持ちこたえているのですね。


 誰もいないのをいいことに、やりたい放題のオッサンでした。

 
  今でも5月4日と5日にこの能楽舞台で能が舞われるそうです。一度見てみたいです。
 当然ながら今年は中止ですけどね。 
  しかし正面から眺めると大きな松の板絵がド迫力ですね。野村萬斎さんがひょっこり
 出てきそうな雰囲気がしました。(おサルさんの猿回しは出てこないやろな。by妻)

 
  ここは間近まで来てじっくり鑑賞できました。これも重要文化財ですよ。


  さて、これにて見どころ野村萬斎の中尊寺の記事を終わります。やっぱり二時間近く
 の余裕をもって見学されることをお勧めします。この白山神社から境内のお堂のまわり
 にを通り過ぎ、月見坂を下って平地に戻るまでは20分くらいかかりました。
  ここはミシュランガイドでも高い評価を受けそうな気がしますが、日本人としては
 ぜひ一度見ておきたいところではないかと思います。


  ここで既に午後3時を回りました。オルセー美術館やウィーンのシェーンブルン宮殿
 の見学に要するのと同じ時間をかけたことになりますかね・・・


  さぁこの次はどこに行きますか? イヤ、もう温泉と晩御飯モードやろ。(by妻)