Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

2017年夏、北欧&ドイツの旅 ⑨タリンの丘の上へ

  毎日北欧旅行の記事を書くのが日課になってしまいました。しばらく憂さ晴らし?が
 できそうです。しょうもない記事ですみません。
  
  さてタリン旧市街の中心部ラエコヤ広場の市庁舎を見学した後、昼食をラエコヤ広場
 に面したレストランで取りました。広場に面したテラス席に案内されました。
 モダン・エストニア料理の店、地元の方にも人気だというカエラヤーンという店です。

     

   ちょっとスッパイライ麦の黒パン(ドイツから北ではこれが基本かな?)と、前菜
  の盛り合わせです。ニシンの酢漬け、スモークサーモンとピクルスだったかな?
  ワインはエストニアでは生産されていませんので、どこかの輸入ものです。
  メイン料理は鶏肉のソテー、人参やビーツのソースが爽やかな酸味がして美味しい。

       

 この後もタリン旧市街観光を続けますので、ワインは一杯でやめておきました。
 ちょっと疲れていましたが、美味しい食事とワインで蘇りました。(現金やの~by妻)


  ラエコヤ広場には観光客が一杯来ますので、大道芸人や楽器を演奏する方々がかなり
 目につきました。こちらは中世の恰好をした方です。どこかのお店の客引きかな?

    

  こちらは中世のお医者さんでしょうか?ペストを恐れて長いくちばしをつけています。
 この頃は、新型コロナウイルスの病気が流行るなんて誰も知らないですね。

  もう一度ラエコヤ広場の全景を写真に収めました。よく晴れていて少し暑いのですが、
 空気が澄んでいるので清々しさを感じます。こうして見ると結構広いですね。


  さて、ここから山の手の丘の上にある、タリンのもうひとつの観光名所を訪れます。
 ラエコヤ広場からは少し坂道を登っていく形になります。
  その途中に有名な聖ニコラス教会がありましたので立ち寄ってみましたが、月曜日が
 休館のため内部に入れませんでした。教会なのに、休肝日ちゃう休館日があるんですか?
 ここは13世紀前半にドイツ人商人の居住区に建てられた教会で、非常時には要塞として
 使われてきたそうです。そのためか、1944年のソ連軍侵攻時に破壊されてしまい、残念
 ながらオリジナルの姿は残っていないそうです。 

    

  ここには中世タリンの宗教絵画の一つ、有名な「死の舞踏」があるのですが、休館の
 ため残念ながら見学できませんでした。悔しいので、ネットの写真を掲載しておきます。

  王侯貴族も聖職者もきれいなオネェチャンも(?)、死の運命からは逃れられないと
 いうことらしいです。妻もこんな死神に連れていかれちゃったのかな? チクショー!
  「おい、待て、コラ! 勝手に連れていくんじゃないよ!」 


  聖ニコラス教会の脇から、リュビケ・ヤルク通りという急な坂道を登って、山の手の
 観光スポットに向かいます。思ったより急な坂道です。途中から石段になりました。

  丘の上に出る直前に城門がありました。塔のようになっていました。ここから先は、
 中世のお城のエリアなのですね。


  丘の上に出ると、独特の形をした教会が出迎えてくれました。
  ロシア正教のアレクサンドル・ネフスキー教会です。

 ここからお城のエリアを観光します。所要約1時間。大忙しですね。(またか。by妻)
 スミマセンが続きます・・・