Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

2025年8月:クロアチア・オーストリアの旅 ⑬ スプリットからアドリア海の島へ・・・

Bonne

  タイガースが連敗してしょんぼりしているオッサン・・・😢

  今日のエース対決に敗れたことで、日曜日のギャンブルが結果的に致命傷になりそう

 な展開です。返す返すも、あれは日本シリーズにあるまじき試合だった・・・そして、

 タダの1敗ではなく、ホークス打線を乗せてしまったことと、タイガースの打者がやる

 気を削がれてしまったことが痛い。一度切れた気持ちを持ち直すのは難しい・・・

  ソフトバンクは先発だけでなくブルペン陣もタイガースと遜色ない感じです。そして

 打つ方では山川をシリーズ男にさせてしまった感じ・・・柳町も決勝打を打ちましたし、

 流れは俄然ホークスに・・・タイガースも、甲子園でこのまままでは終わらないと思い

 ますが、ちょっと心配です。もし明日敗れると、一気に甲子園で決められてしまいそう

 な感じです。短期決戦は流れが大事ですからね。まぁ、ファンは黙って見守るだけです。


  そういえば、海の向こうのワールドシリーズはものすごい試合をしたようですね。

 そして次戦はあのオータニさんが投げるという・・・オッサンはメジャーリーグには全

 く関心がないのですが、世間が大騒ぎしているのでニュースでちょっと見てみました。

 延長18回までやるなんてすごいよなぁと。(そこかい! by妻)


  さて、気を取り直して旅行記を再開します。クロアチアのスプリット編が、なかなか

 終わらない・・・(まだ2日目の午前中やで。by妻)

  ディオクレティアヌス宮殿跡の有料観光施設の見学はあと2カ所。地下の古代ローマ

 時代の遺構と、もとは神を祀る神殿だった洗礼室です。

  まずは地下の遺跡を見学します。あ、地下と言いましたが正確には古代ローマ時代は

 1階だった部分です。1700年の歳月を経て土の下に埋没してしまい、中世にはワイン等

 の貯蔵庫となり、その後人口が増えてくるとゴミ捨て場になってしまっていたそうです。

 しかしそのお陰で、キリスト教徒どもが取り壊したり別の建物に作り替えたりすること

 がなく、古代ローマ時代の建築構造がそのまま残っているということです。

  近代になって、観光資源として活用するために溜まっていたゴミを掻き出して綺麗に

 したとのこと。イタリアのナーポリの地下遺跡も似たような感じで近年復活したとか。

 莫大なお金や労力がかかる大変な事業だったとも思いますが、その英断に感謝です。 

  確かに古代ローマ遺跡そのものですね。生きている街の地下部分にこんな形でローマ

 時代の遺跡が残っているなんてビックリです。内壁はかなり損耗していますが、頑丈な

 造りですので1700年間も耐え抜いたようです。内部はかなり広く、ひんやりとしていま

 す。確かにワインの貯蔵庫にはもってこいだな・・・(そこかい! by妻)

  この辺りは皇帝居住区の一角ですが、皇帝専用のローマ式浴場だったようです。古代

 ローマ人は日本人同様にお風呂が大好きで、街らしい街には必ず公衆浴場があったとい

 うことですが、大半は皇帝や有力者が庶民のために建てたものということです。そうだ

 ローマの街には、カラカラ浴場(カラカラ帝の寄贈)という有名な遺跡がありますが、

 都心部にはディオクレティアヌス浴場跡があります。カラカラ浴場は現代のローマの町

 はずれにあったため遺跡として残っていますが、ディオクレティアヌス帝がローマ市民

 に寄贈した大浴場は現代のローマの中心部に近いため、取り壊されて他の建築物に流用

 されたたまめ、廃墟となってしまっています。誠に残念・・・

  古代ローマに関心がない方にとっては、全然面白くない遺跡でしょうが、オッサンは

 コーフンして写真を撮りまくっております。😆 当然観光客もまばらで、じっくり見学

 できました。(とはいっても倍速のオッサンやから所要時間30分やな。by妻)

  浴場には、温浴コーナーの他、サウナのような施設や、リラクゼーションコーナーも

 併設されていたようです。ちょっとした図書館や運動施設もあったようで、ローマ人に

 とっては憩いの場所なんですね。現代日本の健康センターみたいな感じだったのかも。

   

  そしてところどころに古代ローマ時代の遺物が残っています。

  たぶん柱や壁、床面には華麗な装飾が施されていて、皇帝や神々の像が飾られていた

 のでしょう。大理石や色ガラスを使ったモザイク画など、かなり高価な素材を使って、

 芸術的にも素晴らしいものがたくさんあったはずです。

  石棺には文字(古代ローマの公用語のラテン語)が刻まれていて、判読可能です。

 ローマ人は記録好きで、特に個人の業績や名誉を後世に伝えるという伝統がありました

 ので、いつ頃にどんな人がどんなことをしたのかが、かなりわかるという事らしいです。

 考古学的にはものすごく有難いことなんでしょうね。


、 しかし、このようなものを見続けていると、古代ローマフェチ?のオッサンでも少し

 飽きてきます。やはり今となってはただの石や岩の塊みたいな感じですからね・・・


  最後には、古代ローマの最高神ユピテル(別名ジュピター、ギリシア神話のゼウスに

 相当)の神殿跡を見学します。ここはペリスティル広場から少し離れた場所にあります

 ので、今では住民の居住区となっている狭い路地を通っていきます。

     

  はい、上の写真にある狭い道を通ってきました。後方に見えるのが大聖堂の鐘楼です。

  この後ろ向きに座っているお姉さんが、ユピテル神殿(今ではキリスト教の洗礼室)

 の受付の方でした。あ、ここにもスフィンクスの置物がありますね。


  神殿跡ということですが、建物の外観はもう原形をとどめていません。内部構造は

 キリスト教徒によって洗礼の場として流用されたため、当時の姿をとどめています。

 しかし古代ローマ時代にはあったはずのユピテル神や皇帝ディオクレティアヌスの像

 は撤去され、今ではキリスト教の洗礼者ヨハネの像がぽつんと置かれているだけです。

   

  うーむ、古代ローマ帝国がキリスト教に乗っ取られた、というのが著名な歴史作家の

 塩野七生(しおのななみ)先生の見解ですが、こういうものを見ると、確かにそうだな

 と感じました。皇帝ディオクレティアヌスも草葉の陰で泣いているでしょう・・・


  左右の壁はアーチ状の曲面になっていて、細かいモザイク画が残っていました。損耗

 が激しいので絵柄までは判別できませんが、なかなかスゴイです。

  よく見ると、真ん中に人の顔が描かれているみたい。

  まぁキリスト教の洗礼堂に転用されたおかげで、完全に破壊されずに残ったのでしょ

 うね。なかなか興味深いものがありました。

  さて、これでディオクレティアヌス宮殿の有料見学施設5つを見終わりました。所要

 2時間弱。時刻は午前10時過ぎ。

  上の図は古代の宮殿のイメージ図ですが、この右下1/4部分が現在でも遺跡として

 古代ローマ時代の建築や内部構造が残っている部分です。もうだいぶ様変わりしている

 ということがわかります。まぁ、これが歴史というものですね。今でも残っているもの

 は残るべくして残り、変わってしまったものは時代の流れの中で必然として変わらざる

 を得なかったと考えるべきでしょう。それにしても世界でも類を見ないユニークな遺跡、

 いや街でした。

 

  この後は、スプリットの港を11時発の高速船でアドリア海の島に半日観光に出掛ける

 予定です。旧市街の狭い街路を抜けて、海沿いの大通り(リヴァ)に向かいます。

    


  10時20分頃には、スプリット港に到着しました。オッサンが乗る高速船は小型なの

 で、旧市街に近い短い桟橋から出発するようです。

  対岸の大きな埠頭には、巨大なフェリーが接岸していました。自家用車やトラックを

 運ぶことが着る大型フェリーです。アドリア海沿いの沿岸都市を結ぶ船のようです。

 スプリット→ザダル→リエカというダルマチア地方の主要都市を結ぶみたいです。バス

 に比べると時間はかかりますが、大量の人と荷物、クルマを運ぶことができるので重要

 な交通機関になっているようです。高速船と違ってデッキに出て外の空気を吸いながら

 船旅ができるので、時間に余裕があればフェリーのほうが楽しいでしょうね・・・


  しかし「あちこち行きたい病(アホ)」で倍速活動のオッサンは、外に出られなくて

 も時間の節約のために高速船を使います。😆

  桟橋から振り返ると、スプリットの旧市街が良く見えます。大聖堂の鐘楼はどこから

 でも見えるので目立ちます。旧市街の背後にはもう山が迫っています。クロアチアの

 アドリア海沿岸部(ダルマチア地方)は平地が少なく、数少ない海港都市に人口の多く

 が集中しているようです。険しい山脈を越えると、そこはボスニア・ヘルツェゴビナに

 なります。中世以降はオスマン・トルコの支配下にあったため、住民はイスラム教徒が

 大半らしくて、クロアチア(カトリック)やセルビア(セルビア正教)とはまた違った

 文化や風俗の国のようです。ボスニアは、まだ日本人には遠い国です・・・

  あ、高速船(カタマラン)も停泊しています。あれは観光ツアーの船のようです。

 オッサンが乗船する高速船は、スプリットと島々を結ぶ定期便なので、地元の方々も

 利用する交通機関です。どんな船旅になるのか楽しみです。


  11時発なのですが、10時45分を過ぎても船が来る気配はありません。ひょっとして

 乗る場所を間違えているのでは?と心配になったオッサン・・・しかしその頃から閑散

 としていた桟橋にだんだんと人がやってきて、あっという間に列を作って並び始めまし

 た。それを見て慌てて列に並びました。電子チケットには30分前には乗り場に来るよう

 にと書かれていましたが、多くの乗客は直前にやって来ました。

  しかし11時になっても船はまだ到着しません・・・えぇ~、船も遅れるの?


  はい、10分遅れでようやく到着しました。思ったより小さいね・・・

  カタマランは高速で航海できるように、そして揺れを小さくするためにこのような

 特異な形状をしているようです。航行中は船内に閉じ込められてしまうのが残念です

 が、その分目的地に早く到着できるので、そこは仕方がありません。

  スマホに格納した購入済の電子チケットをチェックするだけで簡単に乗船できました。

 この船はオッサンの目的地であるブラチュ島(スプリットから一番近い島)のボルの

 街からの折り返しでした。大勢の乗客が下船し、また大勢のお客が乗り込むのでかなり

 時間がかかりました。出航は25分遅れの11時25分頃になってしまいました。

  船内はほぼ満員。地元の方比率が高いのかなと思いましたが、観光客らしき方々の方が

 圧倒的に多かったように思います。凄い恰好をしたイカすおネェちゃんたちもいました。

 本人たちは平気なんだろうけれど、目のやり場に困る・・・

  観光客が多い理由は、オッサンが行くブラチュ島のボルはアドリア海でも有名なリゾ

 ート地で、人気のビーチがあるためです。スプリットから高速船で1時間。半日でも観光

 &海水浴ができるため、手軽にリゾート気分を味わうことができます。

  

  ということで、次回はブラチュ島・ボルのビーチを訪れます。続きます・・・