Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

フィガロの結婚

 日付が変わってしまいましたが、皆様今日も一日それぞれの日々、お疲れ様でした。
今日はちょっと鼻につく記事でスミマセン。その分、花は無しです。(ちゃうやろ)


 今日は早く家事も終わり、なんとなくソファに座ってCATVでクラシカジャパンを見たら(有料だから元を取らないと!)、先頃亡くなったイタリアの名ソプラノ、ミレッラ・フレーニ嬢が出ている、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」をやっていまして、見るとはなしについつい最後まで見届けて、気づいたら、え?もう1時ですかい。これじゃ、明日がキツイよ・・・でもいろいろ考えさせられました。


 なんだろうなこれは。1780年代、まだヨーロッパでも封建時代、フランス革命寸前。日本でも暴れん坊将軍の時代(だったかな?)。庶民が知恵を巡らして領主様をギャフンと言わせる・・・こんな脚本を書く人も大概ですけれど、それをこんな風に音楽にしてしまうとは、もはや時代を突き抜けています・・・いや違うか、時代の変わる空気をアマデウス君なりに感じ取っていたのかもしれません。さすが、サトウダイコンや(てんさい、転載、天才・・・スミマセン)。 
 しかし3時間超があッちゅう間ですから、そりゃ日付も変わるわ・・・


 本筋と関係ないところでは、フレーニ嬢がドイツ・リートの王様ヘルマン・プライ様に演技とはいえビンタしているとは、今回初めて気づきました。演出のジャン・ピエール・ポネルさん(故人)もすごいです。ちゅうか、このキャストは凄すぎますがな・・・
 ま、キャストの凄さもびっくりですが、このストーリーとセリフに人間の様々なあるがままの感情と行動が詰め込まれていて、それを音楽が絶妙に味付けしている。これがほぼ数日の出来事というのも笑いますが、それを「非現実的だ」と騒ぐ現実主義者は黙れ!、というほど説得力があるのはなぜだ?(興奮して既に日本語の文脈がおかしい・・・)
 そもそもこの時代に自主規制なし?です。こんな気概のある作家と作曲家がいますか?


 時代が違えばおのずと制約も違いますし、その時代の雰囲気のなかでベストを尽くす人と、そんなの関係ねぇ人もいます。芸術家といえども、たぶんその両極のなかにいろいろな人がいます。きっと音楽だけではないですよね。ま、つまらない凡人にも、創作はできないが、プロの創った作品の素晴らしさを味わうことはできますから、良い時代です。
 今更ですが、フィガロの結婚。「🦒が来る」も、「エール」もいいですけど、私の中ではオペラのベストスリー。今日も寝られなくなりそう・・・


 ・・・熟睡しました・・・