Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

2025年8月:クロアチア・オーストリアの旅 ② ロンドンからクロアチアのスプリットへ・・・

Bonne

  夏休みの旅行記事の続きです。まだロンドン・ヒースロー空港に着いたところでした。

  ここで英国航空便に乗り換えて、クロアチアのアドリア海沿いの街スプリットへ飛ぶ

 予定です。初めての国ですので、ちょっと楽しみです。


  しかしオッサンの乗る便は到着・出発が遅れたため、ヒースロー空港で少々待たされ

 ました。ターミナル5には免税店もありましたが、オッサンはそのようなものには関心

 がないため、英国土産になりそうなものを少し探していました。(別に英国に行った訳

 やないやろ。なんでや? by妻)

  といいますのも、2019年に英国旅行をした際に遣い切れずに残った英国通貨が自宅に

 30ポンドほどありましたので、わざわざ持ってきていたからでした。約6000円ですから

 ね、遣わないと損です。(せこい奴っちゃのう。by妻)

  おっと、現行通貨の写真を載せてはいけないのでは? 実は大丈夫なのです。といい

 ますのも、既に記事にした通り、英国では君主がエリザベス女王からチャールズ国王に

 交代しており、それに伴って紙幣・貨幣ともに新国王の図柄に切り替わっているためで

 す。つまり、後生大事に取っておいたエリザベス女王様の紙幣も貨幣も、空港の売店で

 支払いを拒否されてしまったのでした。(アホ)

  つぅことで、既に使えないお金となってしまったこれらの通貨、結局また自宅に持ち

 帰ることになりました。あーあ、勿体ないことをした・・・


  しかし売店のレジまで商品を持って行ったオッサン、今更後には引けなくなり、結局

 カードで支払いをしました。何をやってるんだか・・・(見栄っ張りやな。by妻)

    

  ロンドン塔で警備をしているビーフィーターの恰好をしたクマの縫いぐるみです。

  海外旅行では必ず縫いぐるみを欲しがった、妻へのお土産です。(アホ)

 

  そんなことをしているうちに出発ゲートが決まり、急いで搭乗口に向かいます。

 日曜日の午前9時頃のヒースロー空港は、大勢の人でごった返していて、座る場所を

 見つけるのも大変でした。欧州・英国は景気がいいんだな・・・

  スプリット行きの飛行機の搭乗口はB46。端の方にあり、かなり歩かされました・・・

  アドリア海のリゾート地に遊びに行く感じの家族連れやカップルで、ほぼ満員のよう

 です。しかし、なんとオッサンはビジネス席にアップグレードしてもらいました。😆

  それはいいのですが、機体は3列×2の普通の狭いシートです。どこがビジネス席なの

 ?と思ったら、3人がけの席の真ん中を開けて座るみたいです。えぇ、隣に人がいない

 というだけで、シートは狭苦しいエコノミーのままやん。JALの狭いエコノミー席で一睡

 もできなかったオッサンは、期待した分、ちょっと落胆してしまいました。😢

  (そんなにうまい話はないっちゅうこっちゃ。by妻)

  それでも、ちゃんと機内食が出てきました。朝食と昼食が選べるようでしたが、よく

 わからず、オムレツの朝食を頼んでしまいました。まずまず美味しかったです。

  そして飲み物は、スパークリングワインを頼んだはずですが、炭酸ガス入りのミネラル

 ウォーターを渡されてしまいました。オッサンの英語の発音が悪いためと思われます。

 朝っぱらからお酒を飲みたいオッサン、後からきちんとゲットしました。なんとシャンパ

 ンでした。さすがは英国。そうか、シャンパーニュと言えばよかったんだな・・・

  キャビンクルーの上品そうなオジサマが、ボトルからなみなみと注いでくれました。

 これでテンションが上がる無節操なオッサンです。😆


  さて、飛行機はヒースロー空港を30分遅れの午前9:40分に出発、離陸しました。

 残念ながら飛行ルートから外れているのでロンドンの街はあまりよく見えず、天気も悪く

 てあまりよく景色が見えません。英仏海峡を通るところはなんとか見えました。

  大陸に渡ると、まもなく視界は雲に覆われて何も見えなくなってしまいました。

 アルプスの山が見えるかなと期待していましたが、ダメでした・・・

  アルプスを越えてイタリアに出ると、雲が切れて眼下に海が見えてきました。これは

 ヴェネツィアの潟(ラグーン)かなと思いましたが、もう少し東寄りのグラード付近と

 思われます。アドリア海の一番奥の部分ですね。かつてヴェネツィア共和国が活躍した

 エリアです。ここからアドリア海の東海岸は、長らくヴェネツィア共和国の下で繁栄を

 謳歌したのです。目的地のスプリットもその一つなんですよね。

  画像が鮮明ではないのですが、イストラ半島からアドリア海の東海岸沿いに数珠繋ぎ

 になっている島々が次々に眼下を通過します。細長い島が多いですね。

  少しですが、ビデオ撮影をしておりましたので・・・

 

 2025年8月3日 クロアチア🇭🇷 アドリア海岸と島々


  高度が下がってきますと、島の様子がくっきりと見えるようになりました。

  本土側の方にも海岸沿いに街が見えます。あ、この半島のように延びた町は、これも

 中世に海港都市として栄えたザダルではないかな。ここもちょっと行ってみたかったの

 ですが、ちょっと行きにくいため今回は訪れることはできませんでした。

  そしてスプリット空港に到着する寸前、こんな景色が見えました。

  これは、今日訪れようと思っている世界遺産の街、トロギールでは?間違いないね。

  ちょっとしたアドリア海の島々の遊覧飛行のようでした。窓際の席でよかったです。


  トロギールの小島から、スプリット空港はすぐです。数分後には着陸しました。 

 

 2025年8月3日 クロアチア🇭🇷・スプリット空港✈️に到着寸前、世界遺産の街トロギールが見えた!


  スプリット空港に無事到着しました。やはり30分遅れです。小さな空港なのですが、

 そして国際便(英国はEUから離脱し、シェンゲン条約にも未加盟なたのです)なので

 すが、タラップを降りて徒歩でターミナルに向かいます。

  曇り空ですが、思ったよりも気温が高い。(30℃くらい)

  しかしカラッとしているので風が爽やかです。


  入国審査はすんなり通過できました。 

  クロアチアは現地語(セルボ・クロアチア語)でフルヴァーツカというみたいです。

 全然英語表記と違うので、知らないと驚きますね。まぁ日本もジャパンなんですが・・・

  クロアチアは旧ユーゴスラヴィア連邦の構成国の一つで、セルビアと並ぶ有力な国で

 したが、独立戦争ではセルビアと激しく戦い、今でも怨恨が残っているらしいです。

 セルビアとは民族は同じ、話し言葉もほぼ同じなのに、宗教が異なる(クロアチアは、

 西欧と同じカトリック、セルビアは東方教会のセルビア正教)のが決定的な亀裂になる

 のでしょうね。ついでに書き言葉も、クロアチアはアルファベットですが、セルビアは 

 キリル文字ですからね。つまりセルビアは、ロシア・ブルガリア・ギリシアと文化的に

 は近いということになります。

  セルビアがクロアチアに独立された後も、今度はボスニアで醜い民族殲滅戦を仕掛け

 たため、今でも国際社会や西欧から半ば冷たく?扱われているのに対し、クロアチアは

 今やEUにも加盟し、通貨もユーロとなっているほど西側世界の一員として発展していま

 す。旧ユーゴスラヴィアを建国したのはクロアチア人のチトーだったのですが、皮肉な

 ことにクロアチアが独立したことで旧ユーゴスラヴィア連邦は事実上瓦解しました。

 チトーは民族主義者でしたが(実は旧ユーゴに残留したイタリア人を虐殺しています)、

 クロアチア人というより南スラヴ人(セルビアやスロヴェニア、モンテネグロと一緒)

 として生きたかったのかもしれません。しかし、多くのクロアチア人はセルビア人とは

 一緒に暮らしたくないというのが本音だったようです。なんだか、複雑な事情があった

 のですね。チトーのような英明な指導者がいなくなり、冷戦が終結して共産主義体制に

 終わりが訪れると、抑制されていた本来の感情がむき出しになったのかもしれません。

  ともあれ独立してクロアチア人主体の国家となりました。人口はわずか400万人弱、

 横浜市や静岡県とさほど変わらないほどです。それでも、自分たちの国を持ちたかっ

 たのでしょう。長い歴史の中でもクロアチア人の国家というのはほとんどありません

 でしたからね・・・

 

  おっと、またまた脱線してしまいスミマセン。

  しかし今ではクロアチアは、特にスプリットを中心としたアドリア海沿岸のダルマチ

 ア地方は、国際的なリゾート地として特にヨーロッパの人々に人気の場所なのです。

 戦争の影はもはやほとんど感じられず、繁栄を謳歌しているという感じでした。

  次回からはその、クロアチアのアドリア海岸のダルマチア地方を観光いたします。