Bonne(ボンヌ)のブログ

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思い出の旅シチリア ④ ノルマン王宮:王の居室と、モスクを改造した教会

  シチリア島の記事の続きです。
  パレルモのノルマン王宮・パラティーナ礼拝堂は工事中でほとんど見ることができ
 ませんでしたが(それでも入場料はしっかり取られた)、もう一つノルマン王宮には
 見どころがありますので、気を取り直してそちらに参ります。12~13世紀の王様たち
 の居室が保存され、一般公開されているのです。ただし自由見学ではなく、ガイドの
 案内で見学するツアーのみで訪れることが可能です。しかも当然ながら別料金です。
 ツアーの切符売り場は王宮裏手の目立たない場所にありましたが、既に何人かの方が
 並んでいます。ある程度の人数になるとガイドツアーが出発するようです。待つこと
 10分ほど、10人ほどが集まったところでガイドのお姉さん現れ、ツアーがスタートし
 ました。当然イタリア語のツアーなので説明がほぼ理解できませんが、まぁいいか。


  王宮の3階部分だったと思いますが、なんとここにも素晴らしいモザイク画があり
 ました。こちらは教会の礼拝堂のようにキリスト教のモチーフ一辺倒ではなく、王様
 のプライヴェートゾーン(居間や寝室)だったので、おそらく王様の好み通りに絵が
 飾られたものと思われます。なぜか王様や支配者っていうのは狩りがお好きなようで、
 ここにも狩猟のシーンや、百獣の王ライオンのモザイク画がありました。いやぁこれ
 もすばらしい。しかしキンキラキンで目がくらみそうでした。
  ノルマン王朝の絶頂期である12世紀半ばの王、ルッジェーロⅡ世の寝室だそうです。

  これを見て妻は「こんなにキンキラキンの絵の下では落ち着いて寝られへんと思うけど
 なぁ」と言っていました。・・・ちょっとデジカメ写真がピンボケでスミマセン・・・

  アーチ状の天井や壁面はびっしりと黄金のモザイク画で埋め尽くされています。孔雀
 やライオンやジャガー(ヒョウ?)などの動物や狩猟のシーンがたくさん描かれていて、
 なんだか異教的(キリスト教会から見ると古代ローマ的という意味)な感じです。そう
 か、古代ローマ後期の実力者たちが、金ぴかではないけれどこんなモザイク画を造らせ
 ていたよなと思い出しました。中世真っただ中のヨーロッパ世界で、こんなふうに異教
 的なものを大っぴらに造らせていた(緩いキリスト教徒の)ノルマン系の王様たちは、
 なかなかお茶目?ですね。
  まぁ王の居室なので一般の目には触れなかったのでしょうが、ノルマン系の王様たち
 が支配したここパレルモでは、ローマ法王庁の目が行き届かないのでやりたい放題では
 なかったかと思います。閉塞感の漂う陰湿な当時の西欧キリスト教世界の中で、自由を
 謳歌できていたのはおそらくここシチリア王国以外にはなかったと思われます。
   
  王の居室も寝室ほど豪華ではありませんでしたが、天井には楽しい模様がモザイクで
 描かれていました。ここには部下や他国の使節も入ったのかもしれませんので、少しは
 穏やかにしたのかな?ローマ法王庁にチクられたらメンドクサイですからね。  

     

  そうだ、ここには中国風の部屋があり、昔の中国の「書」が飾られていました。それ
 を説明しながらガイドのお姉さんはオッサンの方を見て「彼なら、なんと書いているか
 わかるかも知れない」と無茶振りをしてきました。一斉にオッサンの方を見る西洋人の
 観光客たち。そんなのわかるかい!難しい漢字が昔の字体(篆書?)で書いてあります
 ので日本人のオッサンには解読不能です。ここは、丸暗記していたお得意のセリフです。
  ”Non capisco” (わかりません)・・・覚えていてよかった・・・
 それを聞いてがっかりしたような様子の皆さん。ご期待に沿えず、スミマセン。(アホ)
 ・・・このエピソードも、妻の日記帳に書いてありましたので、思い出しました。
  
  王宮の地下には、7世紀頃にこの地を支配したアラブ人が造った要塞の遺跡が残って
 いました。つまり、その要塞の上にこの宮殿を建てたのですね。イスラム教徒を征服し
 た証としたかったのもあるでしょうが、アラブ人が建てた要塞が堅牢で立地条件も良か
 ったので、それを活かして使ったというのが正しいのかもしれません。  


  この後は王宮のすぐ東側の、これまたアラブ風の雰囲気が色濃く残るモニュメント、
 聖ジョヴァンニ・デッリ・エレミティ教会を見学します。ここはオッサンが学生時代の
 卒業旅行で来た時に感銘を受けたので、ぜひ妻にも見せてあげようと思っていました。
 (オッサンはいっつも上から目線やな・・・by妻)
  
  しかし、なんとここも修復中でした。もう、あっちこあっち修復ばっかりしています。
 それでも一応一部の見学はできるということなので、入場してみました。当然ここでも
 きっちり料金を取られました。まぁ歴史的建造物は維持管理がとても大変でコストもかか
 るようなので、度重なる修復やぼったくりのような(失礼)入場料も仕方ありません。
 (なんやらトゲのある言い方やな。by妻)

  幹線道路に面した外観は廃墟のような感じです。塔の上には赤い丸屋根が乗っていて
 全くキリスト教の教会らしくありません。周囲にはヤシの木や南国の植物がうっそうと
 茂り、異国情緒満載です。中・北部イタリアの壮麗なキリスト教の教会とは大違いです。


  中に入ると、残念ながら一番の見どころの中庭が修復中で見学できませんでした。
 仕方なく教会内部に入ります。教会と言ってはいますが、今では機能していない遺跡で
 しかありませんが・・・

     

  この教会は1132年にルッジェーロ2世によって、イスラム建築(モスク)の上に建設
 された教会だそうです。しかし教会としての役目は終えていますので荒れ放題です。

     

  ガランとした内部の壁面には13世紀頃のフレスコ画『聖母子と諸聖人』がかすかに
 残っています。下の写真の右側の壁に、剥がれ落ちそうな彩色壁画が見えます。 

  見学できなかった中庭は、こんな感じ ↓ です。(写真はネットより借用)
  長方形の回廊になっていて、オレンジが実る樹や南国の植物が生い茂り、とても教会
 とは思えない、イスラムのパティオ(中庭)のようです。うーん、見られなくて残念。

  サン・ジョヴァンニ・デッリ・エレミティ教会・・・中庭の修復は終わったと思う
 ので、もう一回リベンジで訪れたい場所です。

  ところで、パレルモ旧市街は道路があまり広くないのに自動車が多く走っていて騒音
 もひどいのですが、それ以上に排気ガスで遺跡の外観がかなりすすけているようです。
 世界遺産に指定されましたので、もう少し保存に力を入れてほしいところですが、人口
 60万人の都会で暮らす人たちの生活が優先されるのは仕方がないことかもしれません。
  妻の日記では「修復中で、はっきり言ってしょぼかった、野良猫はぎょうさんおるし。 
 でも帰るころに外人さんの団体が押し掛けてきた~」と書かれていました。
  やっぱりつまらなかったようです。スミマセン・・・ 
  ちょっとフラストレーションがたまってきたオッサン、次はどこに行くのか?
 (また修復中やったらオッサン、プンプンになるやろな・・・by妻)


  まだまだ見どころの多いパレルモの記事が続きます。