Bonne(ボンヌ)のブログ

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2023年GW:会津の旅 ⑨会津藩主の庭園「御薬園」を見学・・・

  今日は暇なので、昼間からブログを更新です。会津の記事の続きです。(まだやっと
 ったんか・・・by妻)


  会津藩家老の武家屋敷を見学し、昼食を済ませた後は、再び「赤べぇ号」で移動しま
 す。通常は15分間隔なのですが、当時はまだコロナ規制が残っていて30分に1本なので、
 バスの時間を気にしながら観光をしていました。😆
  次の目的地は会津藩主松平(保科)家の庭園、御薬園(おやくえん)を見学します。
 バス停からは少し住宅街の中を歩いていくので、少々わかりにくい場所にあります。歳
 をとって方向音痴に磨きがかかってきた(アホ)オッサンは、迷わないようにグー●ル
 マップで位置を確かめながら歩いて行きました。グーグ●マップは、2019年にロンドン
 で目当てのワインショップを探す時に使って以来、頼りにしています。😆 そのお陰で
 無事に到着しました。   

 「御薬園」という名前は、松平家の二代目藩主がここで薬草の栽培を始めたことから、
 名付けられたそうです。今でも薬用植物が栽培されているようです。
  入り口を入ってすぐ左手に、その薬草栽培エリアがありました。黄色い花を咲かせて
 いるのは、鎮痛剤や虫さされの薬に使われるというクサノオウという植物です。

  馬酔木(アセビ)の木?もありました。これもちょうど白い花を咲かせています。
 しかし周りの雑草をちょっと何とかしてほしい。そこまで手が回らないのかな・・・

     

  クコの赤い実がなっていました。やはり雑草がかなりひどい。もう少しきれいにして
 おけばいいのに・・・やはり植物園は手入れが大変なのですね。

     

  あ、もう6月なのに藤の花が満開でした。東北地方はやはり関東よりも少し花の時期
 が遅いのでしょうね。

  隙を見てパンダ君のゲリラ撮影を敢行。熊蜂がぶんぶん飛んでいるので大急ぎで!

 
  薬草の植物園はちょっとショボかったですが、今は日本庭園の方を「売り」にしてい
 るようです。こちらの方が人気がありました。

  かなり広大な敷地で、庭園内には庵や茶室があります。大きな池の周りが遊歩道に
 なっていて、散策にはぴったりです。雨が上がった後なので、ちょっとぬかるんでいま
 したので滑らないように注意して歩きます。

  こちらの庭園は、薬草園と違って良く整備されていて、観光客もたくさんいました。
  (いや、パンダはおらんやろう、普通。by妻)

  茅葺屋根の茶室も趣があります。でも最近改築されたもののようです。

  茶室の近くまで行くことができますが、中に入ることはできません。


  遊歩道の脇に、スノードロップが咲いていました。スズランとは違い、あちこちで見
 かけますね。長い葉っぱからわかるように、スイセンの仲間なのだそうです。

    


  さて、一通り見学が終わったら、再び「赤べぇ号」で次の目的地に向かいます。今回
 の会津旅行のハイライトの一つ、会津藩の誇る名城・鶴ヶ城を見学します。
  県立博物館の近く、三の丸口から入場します。ここはかなりの観光客が訪れています。

  雄藩会津のお城だけあって、壮大です。敷地面積も非常に広いです。戊辰戦争の際も
 結局は落城はせず、籠城していた会津藩側が降伏したことで開城したのでした。

  明治政府の政策により、朝敵とされてしまった会津藩の城ということもあり、天守閣
 は真っ先に解体されてしまいました。そして会津藩士たちは追放され、下北半島に新た
 に興された「斗南藩」として再出発をすることになりました。かつての南部藩の北部分
 を割譲された形になりますが、冬の寒さが厳しい中、開拓の途中で多くの藩士たちが命
 を落としたと言います。これも厳しい歴史の現実なのですね。
  天守閣は再建されたものですが、本丸を取り囲む高い石垣と堀は残されています。
  難攻不落を誇ったかつての鶴ヶ城の姿が想像できます。

  あ、鶴ヶ城の美しい姿が見えてきました。復元された天守閣は、つい最近また改修
 工事があったようで、つるんつるん?で綺麗な姿を見せてくれました。

  戊辰戦争の帰趨、いや近代のわが国の行く末を決める歴史的な舞台となった、鶴ヶ城
 の内部見学は次回に!