Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

2023年GW:会津の旅 ⑤会津柳津:圓蔵寺と赤べこ・・・

  今日も暑い関東地方南部。在宅勤務でしたので昼間は冷房を入れっぱなしのリビング
 で仕事。日が暮れて風が出て涼しくなってから、買い物と夕食に出掛けました。
  スーパーでは飲むヨーグルト900ml、青森産リンゴ果汁100%ジュースの1ℓサイズ、
 そして麦茶の2リットルサイズを買ってきました。バテないように、健康を保つように
 しないと、週末にワインが飲めませんからね。(はぁ?意味がわからんわ。その前に、
 冷たいものを飲み過ぎてお腹をこわさんようにな・・・by妻)


  さて、今日は大幅に遅れておりましたGWの会津の旅の続きです。もう2か月経過し
 ていますからね・・・(もうどうでもえぇんちゃうか。こういうところだけはきちんと
 やるんやな・・・by妻)


  トロッコ列車を途中下車して、只見川中流の町、会津柳津(やないづ)に来ています。
 駅から坂を下って10分程歩くと観光案内所があり、その真ん前にこの町一番の見どころ
 があります。午後4時半で入場終了ということで、10分前の駆け込みでした。観光案内
 所から道路を挟んだ崖の上にある、「福満虚空藏菩薩 霊巌山 圓藏寺」です。え?難しい
 漢字が多過ぎて・・・何て読むんでしょうか?
  「ふくまん こくぞうぼさつ れいがんさん えんぞうじ」
 だそうです。とても覚えられんわい!(アホ)


  崖の上のお堂までは急な階段を登って行きます。観光客は数人程度でした。手前側に
 あるのが仁王門、その奥にあるのが本堂(菊光堂)です。


  日本三大虚空藏菩薩として知られる立派なお寺です。伝説によると西暦807年(平安
 時代初期)の創建で、空海さんの造られた虚空蔵菩薩を安置するために建立されたとか。
 しかしこの菩薩様は訪問客が簡単には拝むことができないようです。毎日決まった時間
 に行われる御祈祷に参加しないといけないのかな・・・
  
  階段を登ってきた訪問客を出迎えるのは堂々たる仁王門です。新緑が目に鮮やかです。
 下から見上げるようなアングルは、なかなか決まっています。


  この仁王門の左右には、大きなわらじ?が奉納されていました。なんだかすごいです。
 よくわかりませんが、全体的になにか「力強さ」を感じるお寺です。

  仁王門をくぐって本堂のある広場に出ます。おや?ここには何かあるぞ・・・
  いきなりこんなもの ↓ がありましたが、なんだこれは? 

   

 
  はい、会津地方の有名な「赤べこ」のようです。なんと発祥地はここ柳津の圓藏寺
 なのだそうです。一体なぜ?(ちゅうことはこれ ↑ は牛のケツかいな。by妻)

     会津地方の伝統的玩具の「赤べこ」の大きなものがお寺の境内に置かれていました。
 この「べこ(牛)」はお母さん牛のようですね。ちゃんと首がびよんびよんと動きます。
  
      実は江戸時代初期の1611年にこの地方を襲った大地震で圓藏寺は壊滅してしまい、
 再建のために只見川の上流の山から大量の木材を、只見川の水運を使ってこの柳津まで
 運んできました。しかし崖の上のお堂を再建する作業は難航していたそうです。
  するとそこへ、どこからともなく赤毛の牛の大群が現れました。(はぁ~?by妻)
 人々はこれ幸いと、この屈強な赤い牛たちを使って木材を崖の上に無事に運び込んで、
 圓藏寺の再建が成ったということです。しかし赤べこたちは役目を終えると、寺の完成
 を待たずに、またどこかへ消えて行ったということです・・・
  ほんまけ~?と言いたくなりますね・・・でも、それが信仰と言うものなのでしょう。
 キリスト教でも仏教でも、どこまでがホントでどこからが盛っている?のかわからない
 お話が多いですが、もはや真実かどうかは問題ではなく、そのストーリーが真実とみな
 されて語り継がれているのです。それはそれでいいんじゃないかなと思います。
 それで柳津の人たちは、この赤い牛たちに感謝の意と親愛を込めて赤毛の牛を「赤べこ」 
 と呼んで大切にしたのだそうです。そうだったのか~ (勉強になったな。by妻)


  ここは崖の上の高台にあるので、さほど広くはない境内からは眼下の只見川の滔々と
 した流れを展望することができます。のどかで、なかなか良い眺めでした。

  はい、お約束のこんな写真 ↓ も撮影しましたよ。(アホ)


  さて、拝観時間終了時刻が迫っていたので本堂に向かいます。

  仁王門も本堂も19世紀に火事で焼失したため、その後に再建されたものなので、まだ
 さほど古くはありません。木造ですが頑丈で堂々たる造りです。そういえば江戸時代の
 建築様式っぽく見えますね。庇(ひさし)部分が装飾っぽくて、ゴチャゴチャしている
 ところとか。


  入り口は狭く、木の扉が開いていて暖簾?が下がっています。「そう簡単には見せて
 あげないよ」と言っているような感じになっていますね・・・
  入口上部にある看板?には「福満」というこのお寺ゆかりの文字が描かれています。
 なんとも福々しいですね。キリスト教の教会ほどではないですが、木造彫刻の装飾もあ
 り、なかなかオモシロイです。さぁ、中へ入ってみましょう・・・


  「写真撮影は禁止です!」
  え? いきなり野太い声がして、オッサンは驚いて周囲を見渡しました。すると入口
 から入ったすぐ脇のところに門番のような僧侶がいて、渋い顔をしてこちらを睨んでい
 ます。オッサンがスマホを片手に、今にも堂内の写真撮影をしようとするところを阻止
 しようとしたのです。あ、確かに堂内は写真撮影禁止でした。スミマセン。
  しかし入ってすぐに、デカい声で咎められたのでびっくりしました。後でネット情報
 を見ると、どうもこのお寺は格式が高くて厳粛な戒律があるのか、観光客へのサービス
 精神はほとんどもちあわせていないようです。あまり観光客に媚びず、自分たちの定め
 たルールに従って淡々と公開しているようです。まぁそんなお寺もいいかもしれない。
 京都にも非公開のお寺がありますし、独自のしきたりを守り続けることも大切なのです。


  当然、虚空蔵菩薩様を拝むことはできませんでしたが、さほど広くはない堂内をざっ
 と見てから出てきました。でも写真に残らないと忘れてしまうよね・・・
  あ、堂内を撮影した貴重な写真が公開されていましたので、そちらを借用いたします。

  え?何ですかコレは? はだか祭り?
  そうなんです。この圓藏寺では年に1回(1月7日だったかな)、七日堂はだか詣り
 という名の有名なお祭りがあるのです。フィナーレがこの堂内で行われる、ふんどし姿
 の男たちによる「綱登り」です。
  もちろんこのお祭りの際も、一般人の写真撮影は禁止されていて、広報用の写真しか
 ないのですが、一応堂内の様子がわかるので掲載してみました。ちなみにこの奇祭は、
 伝染病の平癒を祈願して始められたそうです。なんかそのようなことをきっかけにして
 いろいろなお祭りごとが始まるというケースが多いですね。それにしても厳寒の時期に
 この格好では大変だろうと思いますが、参加される地元の皆さん結構ノリノリのようで
 す。中央に下がった太い綱をよじ登って、天井裏まで辿り着けは終了みたいです。
 (根性なし、力なしのオッサンには無理や。ついでに金も節操もない。by妻)


  そうこうしているうちに午後4時半をすぎ、お寺の本堂は閉まってしまいます。
 この後はゆっくりと石段を下りて、観光案内所まで戻りました。

    

  ここから、この日の宿泊先(町民センター)までは少し距離がありますが、やっぱり
 バスの便は極端に少なく、タクシーも来ないので、荷物を引き摺ってトボトボと歩いて
 行きました・・・しかもその場所は丘の上にあります。キャスター付きの荷物を抱えて
 階段を登るのはしんどいので、遠回りをして行きました。
  途中の街中はなかなか楽しそうな感じでしたが、立ち寄る余裕はありませんでした。
 あぁ、このあたりの旅館にすれば、こんなに歩かなくて済んだのにな・・・


  圓藏寺からは約20分かかって、汗だくになって到着しました。観光案内所でタクシー
 を頼んでおけばよかったな・・・町営の宿泊施設なので簡素な外観ですね。


  さぁあとはもうやることはありません。この日は朝早くから出かけてきたので、少々
 疲れました。もうご飯を食べて、お風呂(温泉があります)に入って寝るだけです。
  ということで、今回はここまでといたします。続きはまた・・・