2023年6月:上高地と白骨温泉の旅 ②国宝松本城を見学・・・
また暑い一週間が始まりました。駅まで歩いていくだけで疲れて、そのまま帰りたく
なります。(アホかいな、ちゃんと働け。by妻) 暑いだけではなく湿度も高く、肌に
服がまとわりついて気持ちが悪いです。帰宅したらすぐにお風呂を沸かして入りました。
ほんの少し前に行った、涼しい上高地が懐かしい・・・
ということで、始めたばかりで放ったらかしだった上高地の記事を再開します。
まずは上高地の玄関口の松本です。何はさておき、国宝松本城に直行しました。
お濠越しに、黒い天守閣が見えます。カッコいいし、美しいです。
伝えられるところでは、お城としては1503年築城ですが、この天守閣は安土桃山時代
後期の1593年に建てられ、江戸時代の1633年に「複合連結式層塔型5重6階」(長っ!)
の現在の姿に改められたそうです。確かによく見ると中央の天守の脇には小さな櫓?の
ような建物が連結されています。なかなか珍しい形式のようです。
実は江戸時代の天守閣が残っているのは、松本城の他は彦根城、犬山城、松江城など
数か所しかありません。いずれも貴重なお城なので国宝となっています。
詳しい情報は、下記の公式HPをご覧ください。(いきなり手抜かい!by妻)
お濠(内濠)を渡ったところにあるのが正面入口の黒門です。昭和の改修の際に現在
の形に復元されたそうです。かつてはこの門をくぐると本丸御殿がありました。そこに
通じる正門であったため、格調高い黒い色が使われ、黒門と名付けられたそうです。
分厚い門の中には、歴代の松本藩主の家紋を記した看板がありました。オッサンは
気が付かなかったのですが、この門の天井にはこれらの歴代藩主の家紋を象った瓦が
使われているそうです。しまった、見逃がしてしまった!(いつも慌てているから、
肝腎なものをよく見逃がすよな~、オッサンは。by妻)
その反対側には甲冑が展示されていました。由緒あるものなのでしょうが、オッサン、
こういうのはコワイんですよね~ なんだか横溝正史シリーズのコワイシーンを思い出
してしまう・・・(アホ)
黒門を抜けると、広い中庭のような場所に出ます。ここにはかつて本丸御殿がありま
したが、江戸時代中頃(1722年)に火災で焼失してしまいました。
こちら側から見るとお城の形が少し違って見えます。
5重6階の大きな天守を中心として、その北面(上の写真の右側)に乾小天守を渡櫓で
連結し、東面(上の写真の左側)に辰巳附櫓(上の方)・月見櫓(下の方)を複合した
特殊な形態になっています。ふーん、なかなか面白い構造をしていますね。
それでは、さっそく天守閣の見学に参ります。間近で見上げると、かなりの迫力です。
乾小天守(下の写真の右側)も、近くで見ると結構大きいです。
しかしこのスケールの大きな天守閣は、何度も危ない目に遭いました。明治新政府の
政策で幕藩体制の象徴ともいうべき天守閣は各地で取り壊され、松本城も競売に出され
解体を待つ運命でした。そこを地元の有力者たちが買い戻して、難を逃れたのですが、
その方法が素晴らしいのです。天守閣を一度借り受けて、博覧会(当時の筑摩県博覧会)
を開催し、その収入を元に買い戻したのだそうです。地元に知恵と勇気(と財力?)の
ある方々がいたことで、この貴重な天守閣は救われました。
その後、地盤の緩い場所にあったために天守閣が傾き始めたため、明治時代後期から
大正時代にかけて大修理が行われたということです。これも、地元発案による寄付金で
まかなわれたということです。松本という土地では、地元有力者にノーブレス・オブリ
ージュ精神が備わっていたのでしょう。素晴らしいことですね。
さらに戦後になってGHQ美術顧問(そんな人がいたのか!)の進言により、本格的な
解体修理が行われ、そのお陰で貴重な天守閣が無事に保存されることになったようです。
さて、内部に入りますとさまざまな展示品がありました。まずは天守閣を飾っていた
「しゃちほこ瓦」です。なんだ、あまり大きくはないなと思ったら、大天守のものでは
なく付属の乾小天守のものをコピーしたものだそうです。
二階部分は、いくつもの柱に支えられた広い空間になっていました。なにしろ5重6層
の重い天守ですので、それを支えるためには相当頑丈でなければならなかったでしょう。
ちなみにこの上の三階部分はさらに天井が低く、窓もありませんでした。
武具や刀・鉄砲なども展示されていましたが、平和主義者のオッサンはあまり興味が
ないので、簡単に流しました。😆
合戦を描いた絵などもありましたが、ん? 長篠の合戦? 松本城と関係があるんで
しょうか?(ま、えぇやん。観光名所というのは雰囲気が大事や。by妻)
そうそう、松本城の内部の階段は狭くて急な梯子なので登るのに苦労します。ここ ↓
はまだ序の口です。上に行くほど、傾斜が厳しくなります。
あれ? 城内は基本的に撮影OKでしたが、階段付近だけは撮影禁止となっています。
なぜでしょう?
ここからならいいだろうと思って、ちょっと遠くから撮影しました。どうやら、階段を
登る人を下から撮影するのを防止するためのようです。
(オッサンも痴漢と間違われないように注意せんとな。by妻)
エッチラオッチラといくつも梯子階段を登って、ようやく最上階にたどり着きました。
上からなら撮影OKでした。このアングルでも、ものすごい急傾斜なのがおわかり頂け
ると思います。これでは、お年寄りや足の不自由な方には無理ですね~
(実は一番急なのはこれ ↓ ではなく、四階から五階に登る階段で、なんと斜度61度なの
だそうです。もう垂直に近い感覚ですよ~)
最上階の屋根の下には、神棚がありました。かつての城主の戸田氏が祀ったものだと
されています。二十六夜神というらしく、月齢26日の月を拝むという信仰らしいです。
なんだかちょっと神秘的で、オカルトチックですね。
天守閣に登りますと、どこのお城でもそうですが、360度のパノラマが楽しめます。
この日は曇りでしたので、残念ながら北アルプスの山々は良く見えませんでした。
下りてくる途中では、天守に連結されている櫓も良く見えました。
あ、本丸御殿のあった庭園の黄緑の芝生の上に、黒い瓦を使った線が描かれています。
これは本丸のあった場所の輪郭を示しているそうです。
月見櫓前から見ると、ちょっとまた違った雰囲気です。この部分は、いかにも後から
付け足したな、という感じがします。
最後にもう一度、本丸庭園から見たお城と記念撮影です。(アホ)
なかなか見ごたえがありました。ここまで所要約一時間・・・まだお昼には少し早い。
もう少し松本市内を散策します。(続きます・・・)
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