2015年GW フランス・ドイツの旅 ㊴ハイデルベルク大学
ドイツのハイデルベルクの観光も、あと少し。食事を終えて、すぐ近くの大学広場に
向かいます。ここはドイツ最古の1386年創設のハイデルベルク大学があります。
イタリアのボローニャ大学のほうが古いのかな?まぁ、古代ギリシャやローマ時代にも
学問の中心地はあったようですけど、それらを別にすれば歴史的な快挙ですね。
現在でもこの街は大学都市として世界中から学生が集まっているそうです。どこの国
でも学生さんの多い街は明るくて活気がありますね。
中世はすべてが人間よりも神優先の世界で、誤解を恐れずに言えば、詭弁を弄して?
宗教界が社会を牛耳っていたわけですが、それができた理由のひとつが「教育・知識の
独占」であったと私は思っています。現代の某独裁国家や某疑似国家の「偏向教育」や
「情報の統制・遮断・歪曲」を見ても分かる通り、教育や知識・情報の公開ということ
は社会・国家を左右する重要な要素だと思います。中世ヨーロッパでは、一般人が教育
を受ける機会はなく、世の中のことに疑問を呈したりすることは不可能でした。大学が
できたからと言って一夜にして変わるわけではないでしょうが、ここで真っ当な教育を
受け、自分の頭でしっかりと考えられる人が増えてくることは、後々の社会に少しずつ
影響を与えていったのではないかと思います。(まぁ最初は宗教界や世俗君主のために
働く有能な官僚やテクノクラートを育成するためだったと思うけど。)
能書き?はこれくらいにして、ハイデルベルク大学を見学します。といいましても、
壮大な豪華絢爛な建物があるわけではなく、この辺りに昔から大学の設備として使われ
た建物がいっぱいあるということで、そのうちのいくつかが観光名所として公開されて
いるという感じです。これがハイデルベルク大学だ、という象徴的な立派な建物があれ
ば観光的にはいいのですが、学問の場ですのでそんなものは必要なかったのでしょう。
大学広場に面した、赤茶色の窓枠のあるこの建物 ↓ が、大学の発祥の地に立つ旧大学
校舎だそうです。18世紀に改築されているので比較的新しくて綺麗に見えます。
また大学広場の一角には巨大な大学図書館があります。中には入りませんでしたが、
ここの蔵書はすばらしいそうです。(ま、オッサンが見てもわからんけどな。by妻)
この大学図書館が外観的には一番インパクトがありますね。ただし現在の建物は1905
年の再建ということでかなり新しいようです。
そして、観光スポットとして一番有名なのはなんと「学生牢」なのです。羽目を外して
校則を破り?、やんちゃなことをした若者を反省させるために閉じ込めたということで、
今でもその時の落書きが残されているという事です。
学生牢の入口はちょっとわかりにくくて迷いました。
まぁしかし、反省の色は全く見えませんね。何をしに来とんじゃ?といいつつ、若者
ですからね。いろいろあったんでしょう。
学生牢は1712年から200年間ほど実際に使われていたそうです。ここに入った記念に
学生たちは自分の似顔絵を、当時の流行であった影絵として描き、自分の名前を落書き
として残したのだそうです。
続いて近くにあるプファルツ選帝侯博物館に立ち寄りました。この辺りを統治した
世俗君主のプファルツ選帝侯(神聖ローマ帝国の皇帝=ドイツ皇帝を選ぶ投票権を持つ
有力貴族の1人でした)の所蔵品を展示した博物館です。
大学広場から歩行者天国のハウプトシュトラーセを少し西に進んだところにあります。
ここの展示品(陶磁器等)は素晴らしく、続けると長くなりそうですのですみません
が次回にいたします。次がおそらく最終回になると思います。(ホントけ?by妻)
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