Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

思い出の旅2007:シチリアの旅 ②危機脱出・・・

  昨夜は中途半端なところで終わってしまい、スミマセン。続きです。
 しかし写真なしで文章だけの記事になりそうなので、お詫びにシチリア島の美しい風景
 の写真を最初に入れておきます・・・(こんなしょうもない話を読んでくださる方々へ

 の、せめてもの配慮やな。by妻)

 ※パレルモ郊外の丘の上にある中世都市モンレアーレという町の高台からの眺めです。
  コンカ・ドーロ(黄金の盆地)と呼ばれたパレルモの市街を見下ろしています。
 
  さてイタリアのローマ・フィウミチーノ空港、乗継ぎのアリタリア航空カウンターで
 無情にも「オーバーブッキングによるキャンセル待ち」を通告されてしまったオッサン
 一行。ふと見ると、周囲には同じような被害に遭っている方がたくさんいました。😩
 我々の乗るはずのパレルモ便だけではなく、同じくシチリアのカターニャ行き、南部の
 長靴の向う脛?あたりのリゾート地のラメツィア・テルメに向かう便、サルデーニャ島
 のオルビアやカリャーリに向かう便も軒並みキャンセル待ちのようです。なんという
 いい加減なアリタリア航空!・・・と思ったのですが、この日は金曜日。週末を故郷で
 過ごすイタリア人が多いのでしょう。ましてやヴァカンスの時期なので、キャンセルも
 いつもより相当少ないと思われます。仕方がないのかな・・・でもそのくらいは誰でも
 予想できるやろ!やっぱり許せんわ、アリタリア航空!・・・とオッサンはいきり立っ
 ておりましたが、イタリア語が話せないので会話が成り立ちません(笑)。周囲のイタ
 リア人たちも、やんややんや苦情を言っているようですが、係の女性は「私の責任じゃ
 ないわよ~。何か問題でも?」みたいな涼しい顔で、まるで相手にしていません。周囲
 のオッサンたちや我々の「圧」をまるで意に介した様子はありません。怒り心頭の乗客
 に周りを取り囲まれるオープン方式のカウンターの中に一人で立ち続けているのです。
 このシチュエーションに置かれたら、日本人の女性だったら泣き出してしまうかも
 しれないくらい殺気立っているのに、すげぇメンタルや・・・、と感心している場合では
 ありません。なんとかしてぇな。
   
  すると、そのカウンターに東京からの機内で乗り合わせたあのタレント夫婦がやって
 きました。なんと彼らも同じ目に遭っております。いったい、どれだけの座席をオーバ
 ーブッキングしとったんじゃい!もうアリタリア航空は酷すぎますね。
  オッサンは航空会社職員の動きを逐一見逃すまい、話す内容を聞き逃すまいと神経を
 集中させておりましたが、いつのまにかうちの妻はそのタレントさんの奥様(有名人)
 に話しかけ、なんだかおしゃべりをしています。奥様方は「もう、困っちゃったわねぇ
 ~」みたいな会話をしていたようです。タレントさん夫妻はパレルモ到着後にレンタカ
 ーでホテルに向かう予定らしく、ただでさえ深夜遅くの到着なので気が気でないという
 様子でした。一方、うちもその日からパレルモで2泊し、その後はシチリア島内を周遊
 する予定でしたので、この日のうちにパレルモに入れないとその後の予定が大幅に狂っ
 てしまいます。オッサンも心中穏やかではなく、イライラが募っておりました。


  暫く経つと、ラメツィア・テルメ便に空席ができたようで、数人の方が呼び出されて
 あの鉄面皮お姉さまにチケットを発行してもらっていました。しかしパレルモ行きには
 そのようなことはなく、なんと無情にも我々の乗る飛行機の搭乗手続きは締め切られて
 しまいました。😱 オーマイガーッ! グラン・ディーオ(※イタリア語)・・・
 イタリアオペラでは、よく「グラン・ディーオ」っていうセリフ?が出てくるのですが、
 まさか自分たちがそんな言葉を口にしたくなるような目に遭うとは思いませんでした。
  (※訳:なんてこったい!どうしましょう!やられたぜ!みたいな感じかな。)


  オッサンたち残された人たちはますます殺気立ってきました。パレルモ行きの便は
 もう最終便(22:00発)しかありません。オッサンの近くにいたイタリア人のオジサンは
 「わしはもう午前中?朝?(Mattinaって言っていた)からずっと待っているんだぞ」
 と涙目でお姉さんに訴えていたようですが、お姉様は完全無視。なんだかオジサンが
 かわいそうになってしまいました。(イヤ、うちも十分かわいそうやで。by妻)
  そのうちに、鉄面皮お姉様がオッサンに話しかけてきました(イタリア語)。その
 内容は「明日の朝一番の便でよければ、空港内のヒルトンホテルの部屋を無償で提供し
 ます」というもの。どんなに豪華なホテルなのかは知りませんが、オッサンは即答で、
 「No! 」です。それを聞いた鉄面皮お姉さま、少し肩をすくめたようなそぶりをみせま
 したので、オッサンはヒートアップしました。「なんとかして今夜中にパレルモに到着
 しないといけないんだ、我々は!」とにわか仕立てのイタリア語でまくしたてました。
 それを聞いてやや驚いたような雰囲気を見せたお姉さま、カウンターの奥に引っ込みま
 した。妻はオッサンがプンプンになっているのを、ちょっとハラハラした様子で見守っ
 ていました。(まぁいつものことやからな。by妻)
  そして約10分後、お姉様が再び姿を現すと、なんと「お二人様分のチケットを発行
 します。」と言うではありませんか。ホント? それを聞いていたタレントの奥様、
 妻に「●●さん、良かったわね・・・」とつぶやきました。(既に妻とはかなり話し込ん
 でいて仲良くなっていたようです。) それを聞いたオッサン、恰好をつけるわけでは
 なかったのだけれど、お姉様に再度訴えます。
  「No!Siamo in quattro !」(イヤ、我々は4人なんだ!)


  再び驚いた顔を見せたお姉様は再びカウンターの奥に引っ込み、上司と思しきお兄さ
 んと話し合っています。オッサン、恰好つけてしまったけど、これでチケットがチャラ
 になったらどうしようと心配になってしまいました。(アホやな。by妻)
  さっきまでの勢いはどこへ行ったかと思うほど、ちょっと弱気になっていたオッサン
 でしたが、また10分ほどして現れたお姉さま、オッサンに「良いお知らせです、4名様
 分の席が確保できました」と伝えました。おぉ、なんと土壇場での大逆転劇です。時刻
 は既に最終便の出発時刻の迫る21:30。1点ビハインドの9回裏二死ランナー無しから、 
 ヒットで出たランナーを一か八かで走らせて二塁セーフとなり、その後ツーストライク
 まで追い込まれながら強気のヒッティングでセンター前ヒットで二塁ランナーが生還し、
 同点とした後にサヨナラホームランで試合をひっくり返したような感じです。
 (何をわけのわからんことを言っとるんじゃ!by妻)
  ともあれ、これでこの夜のうちにパレルモに向かうことができます。オッサンから、
 「4人分のチケットが取れたそうです」と聞いた奥様お二人は、手を取りあって大喜び
 をしていました。(あの、まだチケットが確保できない方もいるので、少し控えた方が
 いいのでは・・・とオッサンは思いました。)


  晩御飯も食べられず、1時間半近く待ち続けたのですが、最後の最後で報われました。
 おそらく、既に座席を確保されたお客さんに「席を譲ってくれたら、ヒルトンの宿泊と
 相場で1万円相当の協力金を提供する」という条件を出し、めでたく4人応じてくださる
 方がいらした、ということだろうと理解しています。有難うございます。
  すっかり安心した妻とオッサン、出発間際の飛行機に乗る前に何かを食べなければと
 思い、唯一開いていた出発ゲート前の売店で、パニーニ(イタリアのサンドイッチ)と
 カンノーリ(シチリア名物の甘いお菓子)、飲み物を購入し、最終便に飛び乗りました。
 
  パレルモ行きの最終便は横2×3の比較的小さな飛行機で、もちろん満席。キャンセル
 待ち騒動もあって、出発は大幅に遅れて22:35頃となりました。狭い機内で窮屈でしたが
 飛行機が離陸すると緊張が一気に解けてホッとしました。やれやれ・・・読んで頂いた
 皆様もさぞお疲れになったと思われます・・・スミマセン。


  夜なので残念ながら地中海の景色は見えず、パレルモ・プンタ・ライージ空港には、
 深夜0時を回っての到着となりました。心配された荷物をドキドキしながらターンテー
 ブルの前で待ちましたが、思いのほか早く出てきました。チェックインが出発ギリギリ
 だったのですが、かえってそれが良かったのかもしれません。
  空港のゲートを抜けると、到着ロビーには大勢の人が待ち構えていてものすごい熱気
 です。金曜日の夜、ローマから帰郷した家族や友人を待ち受ける方々が大勢いました。
 あちこちで「チャーオ~」と呼び合って、抱き合っている方々がたくさんいました。
  我々は深夜のタクシーは避け、空港バスでパレルモの中心街ポリテアーマ広場まで
 行くことにしていました。宿泊予定ホテルはその広場に面した場所にしていたのです。
 しかし空港バスはすべての乗客が荷物をピックアップし終わるまで発車を見合わせて
 います。まぁ当然ですけどね。この日の妻の日記の最後は・・・
  「バスよ、はよう出発せぃ!」(笑)


  本当にお疲れの一日でした。でもこれで、翌日からスケジュール通りの旅程がキープ
 できました。
 (まぁぎっちぎちのスケジュールやから、いつ破綻してもおかしくないけどな。by妻)