Bonne(ボンヌ)のブログ

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師走の京都 ④南禅寺(方丈庭園、三門)

  永観堂から歩いて10分程で南禅寺に着きます。有名な三門側ではなく、山裾に位置
 する方丈・本坊のある入口から入ります。
  南禅寺は臨済宗南禅寺派の総本山、大きなお寺です。まず方丈と庭園を鑑賞します。
 拝観料は600円。本坊脇には立派な大玄関がありますが通常は使われず、右手にある
 庫裏(くり)玄関から入場します。

  本坊に入ると右手に滝の間という部屋があり、清涼の滝(左側)を鑑賞しながら抹茶
 を頂くことができます。(でも当然パスやろ?by妻。その通りです・・・有料だし。)

  続いて本坊から繋がっている方丈と、その庭園を見学します。縦長に広い庭園です。
 小堀遠州作と伝えられ、江戸時代初期の代表的枯山水庭園だそうです。「虎の子渡し
 の庭」というそうですが、日本庭園のネーミングはかなり想像力を働かせないと理解
 するのが難しいですね。

 方丈から見た庭園です。ここもかなり空いていました。

  この方丈は、慶長16年(1611)御所の建物の下賜を受けて再建されたものだそうで、
 お寺に伝わる話では、天正年間(1573-1592年)の内裏清涼殿を移建したものとされ
 ています。(清涼殿ではなく女院御所の対面御殿を移築したものとの説もあります。)
 いずれにしてもかなり由緒ある建物のようで、国宝に指定されています。


  御昼の間 ↓ は清涼殿時代に昼の御座であったことの名残のようで、広縁の欄間彫刻、
 天井、板扉の形式とともに近世宮室建築の姿を伝える遺構なのだそうです。内部には、
 桃山前期の狩野派絵師筆による障壁画(重要文化財)で全てが彩られていましたが、
 400年が経過して彩色の剥落などの傷みがみられるため、収蔵庫に保管されてしまい
 ました。現在はデジタル撮影した画像を元に、江戸初期から中期の色合いで描画復元
 したものを公開しているようです。そうか、ホンモノが見たかったけど仕方ないね。

  方丈裏手には小方丈があり、ここにも小さな庭園(如心庭)があります。昭和41年
 作という新しいものです。石を「心」の字のように配しているそうですが、ちょっと
 わかりませんね。 

    

  小方丈には「虎の間」というのがあり、江戸時代初期の狩野探幽筆と伝えられる 

 《群虎図》(重要文化財)40面があります。これは本物かな?


  続いて、広い境内を歩いて有名な「三門」に向かいます。いつもと逆方向から来て
 いるので、境内の内側に面した方から見えてきます。

  南禅寺の三門は別名「天下竜門」とも呼ばれ、上層の楼を五鳳楼と呼び、日本三大門
 の一つに数えられます。御覧の通り堂々たる木造大建築です。
  この巨大な三門を支える柱はとても極太です。門をくぐるだけで、この重量感に圧倒
 されてしまいますね。

  現在の三門は寛永5年(1628)、藤堂高虎が大阪夏の陣に倒れた家来の菩提を弔うため
 再建したものだそうです。また、歌舞伎「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」で、
 石川五右衛門がこの楼上で例の有名な「絶景かな、絶景かな」というセリフを言うこと
 でも知られています。
  ちなみに歌舞伎では季節は春。舞台となる南禅寺三門がせり上がり、上層の五鳳楼に
 天下の大泥棒である義賊石川五右衛門、下の門には仮名ですが羽柴(豊臣)秀吉が登場
 する場面です。(ネット画像より拝借しました。)

  今回は三門には上がりませんでしたが(有料:600円)、3年前に行った時の画像が
 ありましたので掲載しておきます。この時は紅葉真っ盛りで、すごいヒトデちゃう人出
 でした。三門から南禅寺境内を眺めるとこんな感じ ↓ です。

    前回訪問時は紅葉の見ごろで、楼上にもたくさんの人が上っていました。 

  今回はこんな感じ ↓ でちょっと寂しいですね。

 残っているモミジが、冬の寒さの中でまだ頑張っています。

  南禅寺もじっくり見学すると一時間くらいかかりますね。
  お昼ごはんの前にもう一か所、お寺(庭園)を見学します。
 ・・・また御飯を食べる時間がなくならんようにな・・・(by妻)。そうですね、妻に
 はいつも食事やお茶をする時間が足りない、ゆっくりお店を見る時間がない、と苦情を
 言われていました。一人になったら文句を言われる相手がいないので、気を付けないと
 ホントに忘れてしまいますからね(アホ)。