四国(高知・徳島)に行ってきました ⑤祖谷のかずら橋
今度は四国旅行の記事の続きです。途切れ途切れでスミマセン。
高知駅を14:13発のアンパンマン列車(笑)に乗って、土讃本線を北上して徳島県に
向かいます。途中から山間部の渓谷に入ります。飯田線や高山本線を通った時にも思い
ましたが、明治時代によくこんなところに鉄道を敷設したものだと思います。
約一時間ほどで大歩危駅に到着しました。ここはもう徳島県です。この日は、大歩危
にある温泉宿に宿泊するのですが、まだ時間があるので徳島県を代表する有名な観光地
に向かいます。大歩危駅はJR四国から嘱託された地元のおばさんがいるだけで、実質
無人駅です。JR四国はJRグループの中でも最も経営基盤が脆弱なので、コスト削減
も徹底しているのかな。幸いコインロッカーはありましたので、荷物を預けていきます。
大歩危駅ホームの駅名表示の前で記念撮影です。徳島県三好市になるようです。
「おおぼけ」って、オッサンみたいやな。四国には予土線に「半家(はげ)」っていう
駅もあるけど、変な名前の駅が多いです。(半家もオッサンには気になるやろう。by妻)
ホームにはかずら橋のミニチュアがありました。一応、素材は一緒なのかな?
なぜかわかりませんが、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる、妖怪子泣き爺いがいました。
大歩危駅前からはバスで、目的地「祖谷のかずら橋」まで行きます。バスはこの辺り
で最も大きな阿波池田駅から小歩危、大歩危を通って西祖谷地方に向かいますが、一日
4便しかないので、綿密な計画立案が必要です。しかしそれとは別に「かずら橋夢舞台」
というところまで行けるバスが何本かあります。大歩危駅を15:26発のそのバスに乗り、
祖谷のかずら近くの「かずら橋夢舞台」まで参ります。
大歩危駅も吉野川の渓谷沿いにありますが、そこから一山越えて祖谷渓(いやだに)
に向かいます。途中には平家屋敷民俗資料館があることでもわかるように、この辺りは
源平合戦に敗れて落ち延びた平家の末裔が住んでいた集落があります。九州・宮崎にも
椎葉村(しいばそん)という落ち武者集落がありましたが、祖谷の方が有名ですね。
いずれも気が遠くなるほどに山深く、こんなところまで追手は来ないだろうという場所
にあります。生き延びるために必死だったのでしょうね。
バスは20分程走って山を越え、西祖谷の集落までやってきました。ここから、さらに
15分ほどでかずら橋に着くはずですが、このバスは直接かずら橋に向かわず、北上して
いったん祖谷温泉のあるところまで行きます。この渓谷の中にある温泉に行く方が1名
乗車していました。軽装の若い兄ちゃんだけど、日帰り入浴に行くのかな?でも帰りの
バスまで時間がないはずだから宿泊するのかな?渓谷を間近に見られる温泉露天風呂が
あるのでオッサンも気になっていたのですが、メインルートから外れて行きにくいので
断念していました。このバスで行けるなら、そこに泊まってもよかったかな・・・
しかし、離合するのも困難な細い道を大型バスが通るのは厳しい。運転手さんの技術
がモノを言います。自分の運転では決して行きたくないですね。バスは祖谷温泉までを
往復して約30分かけて西祖谷の集落に戻ってきました。既に乗客はオッサン一人です。
今度は進路を南に、バスは約15分で終点の「かずら橋夢舞台」に到着します。
かずら橋付近にはスペースがないため、吉野川をはさんで国道の対岸に造られた施設
のようです。大規模駐車場と土産物屋があるだけで、ここからかずら橋が一望できる訳
ではありません。ここから徒歩5分ほどで、かずら橋に行くことができます。
売店では祖谷渓の特産品や徳島県のお土産が売られています。黒いお蕎麦が有名かな。
あとはシイタケなどの山の食材、ゆずとかすだちとかを使ったものが多くありました。
お、懐かしいこんなものも・・・徳島県の生産者なんですよね。関東や静岡ではもう
ほぼ見かけないのですが、健在でよかった。(オッサン、一つ購入してきました。)
さぁ目的にかずら橋まで向かいます。時刻はまだ午後4時半過ぎですが、山に周囲を
囲まれた狭い渓谷のため太陽が沈むのが早く、急いで見学しないといけません。
途中には茶店のようなところがあり、川魚(鮎?)の塩焼きなどを売っていました。
まずはかずら橋のすぐ近くの橋まで行き、かずら橋の全景と祖谷川渓谷を鑑賞します。
もう太陽が山の影に隠れかかっています。
観光客がちらほらいましたが、隙を見てゲリラ撮影を敢行。(アホ)
アップで撮影するとこんな感じ ↓ です。見ていてもちょっとコワいです。渡っている
方々がキャーキャー言っているのが聞こえます。やっぱり揺れるのかな・・・
下の写真の上のほうに見えるのが「かずら橋夢舞台」です。
対岸(国道側)に渡ると、かずら橋を歩いて渡ることができます。しかし有料です。
なんと600円もしますよ、自分の足で渡るのに! まぁでもせっかくここまで来たので
コワがりのオッサンですがチャレンジしました。ちなみに一方通行なので、途中で怖く
なっても引き返すことはできません。覚悟を決めてまいります。(大げさやの~by妻)
植物の蔓と木だけでできた橋です。もともと平家の落ち武者が、敵の追手が来た時に
いつでも切って落とせるようにと考えて作られたそうです。3年に一回はメンテナンス
が必要ですが、生活道路ではなく観光資源となった今でも大事にされているのですね。
入り口から見るとこんな感じ ↓ です。オッサン、やっぱりコワいです(情けな~by妻)
意を決してわたります。揺れます、やっぱりコワいです。下を見ると谷底です。まぁ
高さはそれほどではありませんが、やっぱりコワいです。へっぴり腰で、手すりの蔓を
つかみながらゆっくりと進みます。橋の上から写真やビデオを撮るなどとんでもありま
せん。渡り切るのに精一杯でした。
なんとか無事に渡り終えました。お金を払ってコワい思いをするなんて、まるで遊園
地のジェットコースターみたいで、なんだか納得がいきませんね。(オッサンは遊園地
の乗り物が苦手やからな~by妻)
この近くに「琵琶の滝」という名所があったのですが、バスの時間が気になって断念
しました。後でネット写真を見たら、なかなか立派な滝でした。結果論ですがバスには
十分間に合ったので、行けばよかったなぁ・・・(後の祭りじゃ。by妻)
ここからもう一度国道側に戻って、帰りのバスに乗ります。バスの発車時刻は17:25。
あと30分ほどです。国道(32号線)までは結構な登り坂でした。
バスは一日4便しかありません。乗り遅れたら大変ですので、早めに来て待ちました。
地元の若者二人連れがやってきてバスを待っています。土曜日の最終バスで池田の町に
出て、泊りで遊んでくるのかな?
あたりが暗くなりかけた頃、バスがやってきましたが行先表示が「落合」となってい
ます。逆方向の東祖谷方面(さらに上流)に行くバスかな?と思いましたが、さっきの
若者たちが乗り込みました。オッサンはあせってバスの運転手に「これ、大歩危駅まで
行きますか?」と大声で尋ねました。しかしこの運ちゃん、なんだか要領を得ない。
乗客のオバサマが「大丈夫ですよ、行きますよ。私たちも大歩危駅まで行くんです。」
と言ってくれて、ようやく安心できました。
憤懣やるかたないオッサン、運転手のところに行き、「行先表示が間違っていません
か?これではどこに行くのかわからないですよ。」と苦情を述べました。運転手さんは
バスを降りて行き先表示を確認して戻ってきました。「あぁすんません、終点で表示を
変更するのを忘れてた」とのこと。もう、しっかりしてくださいよ。しつこいですが、
一日4便しかないんだから、見過ごしてたら大変なことになっていた。(タクシーだと
一万円くらいかかりそう)
まぁイタリアだったら日常茶飯事だけどね。(オッサンはイタリアでバスに乗るのは
極度に嫌がっていたからの~by妻)
なんとか無事に18:00頃には大歩危駅に到着。ホテルの送迎を頼んでいたので、すぐ
ホテルまで着くことができました。この日の宿泊は、大歩危峡に一番近いホテルです。
翌朝は大歩危峡を船で観光しますので、ここに宿をとりました。天気が良くて川の流れ
が穏やかだといいけど・・・
このホテルは温泉旅館で一応露天風呂もありましたが、眺望はあまりよくありません。
吉野川に面した露天風呂だったらよかったのにな。
食事は山の幸が主体でしたが、なかなか良かったです。
アメゴという川魚の昆布締めのお造里が名物のようです。
お約束の鮎の塩焼きも。かなり大きくて食べ応えがありました。
徳島のスダチを絞っていただきます。
デザートは可愛らしい器に盛られてきました。
部屋に戻って、一日の疲れを癒してワインで乾杯。(ここまできて・・・by妻)
ブルゴーニュ赤のニュイ・サン=ジョルジュの1級畑、リュ・ド・ショーです。
生産者は良心的な価格で品質も確かな、ベルトラン・アンブロワーズさんです。
コップ酒になってしまったけど、おいしいからいいか。年号は2010年です。この年の
ブルゴーニュの赤には失望したことがありません。そろそろ飲み頃に入ってきたか?
今回はここまで。次回は大歩危峡を船で観光します。
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