Bonne(ボンヌ)のブログ

死別者ですが余生は少しでも楽しく

思い出の旅 2007年:カプリ島 ①IC特急ペロリターノ号に乗って、ナーポリへ・・・

  今度は大昔の旅の記録の続きです。
  シチリア島とお別れし、列車ごと積み込まれたフェリーでメッシーナ海峡を渡って、
 イタリア本土の「長靴の爪先の上」部分にある、カラーブリア州のヴィラ・サン=ジョ
 ヴァンニという港に到着します。(上の写真はシチリア島のメッシーナを出たところ)

  海峡を渡る時間は40分くらいですが、列車を3分割してフェリーに積み込むにも40分。
 当然、フェリーの船底から引っ張り出して連結するのにも40分かかります。メッシーナ
 海峡を列車に乗ったまま渡ることができるのはいいけれど、たっぷり2時間かかります。
 橋ができればおそらく30分もかからないのではないかと思いますが、メッシーナ海峡は
 潮の流れが早く、意外に深いそうなのでなかなか難しいようです。・・・と、いうのは
 おそらく口実で、そのようなものができるのを妨害している人たちがいると思います。
 残念ながらシチリア、南イタリアの暗い影の部分の事情があるのでしょう。
  世界がどんどん便利になっていく中で、このシチリア島に行くのには列車の時刻表を
 見る限り、30年以上前にオッサンが学生旅行で訪れた時とほとんど所要時間が同じです。
 そのかわり逆の見方をすれば、このような列車ごとフェリーに積み込んで移動する方式
 がいつまでも残っているので、楽しい体験ができるわけですが・・・ 

 
  イタリア鉄道(FS)のインターシティ特急列車ペロリターノ号は、ヴィラ・サン=ジョ
 ヴァンニ駅のホームで、シチリア島から渡ってきた9両(パレルモ編成6両+オッサン
 たちが乗って来たシラクーザ編成3両)と、ホームで待機していた南イタリアの爪先近く
 にあるレッジョ・ディ・カラーブリアからの3両と併結し、12両の長大編成になります。
  レッジョから来たお客さんは、シチリアから来る編成が40分以上も遅れているため、
 おそらくこの駅でかなり長い時間待たされてしまったと思われます。


  ヴィラ・サン=ジョヴァンニ(聖ヨハネの別荘、っていう名前)駅の出発は、やはり
 40分以上遅れました。イタリア半島に渡っても、南イタリアの先端部分の鉄道は単線で
 あまり遅れの回復は期待できません。  
  しかし、地中海(ティレニア海)沿いの海岸線すれすれを走りますので、車窓からは
 ずっと海が見えます。濃いブルーの美しいティレニア海を、長い時間眺めていました。

  オッサンがヴィデオで撮影した映像では、真っ青な海に小さな船が写っていました。
 時速130kmくらいで疾走しているIC特急ペロリターノ号の車窓からの撮影ですので、
 かなりピンボケで画質がよくありませんが、ご容赦を・・・ 

  南イタリアの海も綺麗で、ところどころに大衆的な海水浴場がありました。この日の

 イタリア中部・北部は激しい雨のようですが、南イタリアはカラっと晴れ渡っています。

  カラーブリア州の内陸部コゼンツァに向かう路線と分岐するパオラ駅では、レッジョ
 行きIC特急(かなり古いETR460型)と待ち合わせです。単線なので、こうした
 すれ違いでの待ち時間もあるので、遅れを回復することは困難です。
  カラーブリア州内陸部は、イタリアでも最も経済的に厳しいエリアだそうです。観光
 名所になるような場所や特産品もないので、観光客が訪れることもあまりないのです。

  IC特急ペロリターノ号は、しかしそんなことにはお構いなしに、カラーブリア州の
 ティレニア海の海岸線をひた走ります。3時間以上も同じような海岸線の風景を見てい
 ると、最初のうちは綺麗だと思って写真やヴィデオを撮りまくりますが、だんだん飽き
 てきます。何事もほどほどの方がいいですね・・・
    
  タオルミーナ・ジャルディーニ駅を9:50に出発してから、7時間以上かけて南イタリ
 アの中心都市、ナーポリに到着します。予定では16:30着でしたが、17時を回りました。
 ペロリターノ号はローマまで行くため、行き止まり式ターミナルのナーポリ中央駅には
 停車せず、その近くにある地下駅のピアッツア・ガリバルディ駅に停車します。
  ちょっと薄暗くて怪しい感じ・・・


  乗って来た列車の写真を撮り損ねたので、ネットの写真で代用します。
  東京駅ではなくて地下鉄の大手町駅に着いたような感じ。ちょっと地上まで出るのに
 まごつきました。 
  ちなみに「ナポリ」と言ってもイタリア人にはあまり伝わりません。「なぁ~ぽり」
 と言うと、オー!と反応が良くなります。ナポリは、古代ギリシア人の植民都市「ネア
 ポリス(新都市)」が語源だそうで、ネアポリスがイタリア語で訛って「ナァーポリ」
 となったようです。(それがどうした? by妻)


   ピアッツァ・ガリバルディ駅は、中央駅に隣接しているので、地上に出ると中央駅の
 駅前広場になります。悪名高いスリやひったくりやぼったくり?のうごめく、カオスの
 大都会ナーポリ有数の危険なゾーンと言われていた中央駅構内付近ですが、この頃には
 ちょっと小奇麗になっていました。昔(1990年代)は、物乞いや怪しい人たちが集まっ
 ていたり、ゴミが散乱して落書きがあちこちにあって、物凄くイヤな感じがしましたが、
 この2007年当時はかなり「普通」になっていました。


  後で調べると、当時新しく選挙で当選した新市長が中央駅周辺の再開発と治安の改善
 を推し進めていたようです。中央駅付近の雑然とした怪しい路地裏は再開発で整備され、
 ビジネスゾーンや官庁街として生まれ変わったそうです。あわせてナーポリの旧市街が
 世界遺産に指定されたために観光客が増え、今までは「やる気」?が感じられなかった
 観光名所が、「儲かる」と分かったためかきちんと観光客向けにちゃんと開かれるよう
 になりました。そして車の渋滞と排気ガスと騒音で発狂しそうだった街中も、地下鉄の
 新路線や路面電車の新型車両がデビューして、だいぶマシになりました。
  ナーポリは「いいかげん」なイタリアのイメージを一手に引き受けている感じの町で
 したが、やればできるやん。なにしろ3000年近くの歴史を誇り、19世紀初頭には大陸の
 ヨーロッパではパリに次ぐ人口を擁した大都市ですから、ポテンシャルはあるのです。


  しかしオッサンたちの目的地はナーポリではありません。中央駅からタクシーに乗り、
 ベヴェレッロ港という船着き場まで参ります。ナーポリのタクシーというと、ぼったく
 りを警戒しますが、この時の運ちゃんは気のよさそうな若い兄ちゃん。片言のイタリア
 語でちょっとやり取りしましたが、やはりナポレターノ(ナポリっ子)はおしゃべりが
 好きみたいです。そしてオッサンたちが日本から来た暢気な観光客だと知ると、これが
 ナーポリだと言わんばかりの運転を披露します。
  「ちょっとぉ、赤信号なんですけど~!」
 慌てたオッサンたちをちらっとバックミラーで見て、「ふふん」と得意そうな感じで
 巧みにハンドルを切り、見事なコーナーワークで赤信号の交差点を左折しました。

 (ひぇー、右側通行なので日本の感覚では右折のイメージです。危ないです。)
  いや、片田舎の農道ではなくて、天下の大都会ナーポリの中央駅から港まで向かう道
 ですからかなりの交通量ですよ。ビックリしましたわ。でもまぁ、みんなが信号を守ら
 ないかもしれないから、こういったアクションが成立するのかも・・・  
  スリル満点でしたが、なんと5分ちょっとでベヴェレッロ港まで到着しました。早っ。
 オッサン、ついついチップをはずんでしまいました。
 (結局払ったお金は、ぼられたのとあんまり変わらんのとちゃう? by妻)

  ナーポリ旧市街の中心部近くにあるベヴェレッロ港は、ナポリ湾に面した海の玄関口
 です。オッサンたちは当初、ここで大きな荷物を預けて、1時間半くらいナーポリ市内
 を観光しようと思いましたが、あいにく荷物預けやコインロッカーが見つかりません。
 夏時間なので午後5時を過ぎてもまだ明るいのですが、予定を変更して早めに目的地に
 向かうことにしました。
  行き先は、そう、夢の島「カープリ」です。すみません、続きます・・・